短編小説 10話 湖の底で沸き立つ

2019-11-21 12:32:49

「ああ、青い空に白い雲! 目の前に広がるのは美しい湖!ピクニック日和って感じの晴れ模様!醸造酒片手に鶏のから揚げが摘まみたい……そんな気分!なのに――」

 

空を仰ぎ、晴れ晴れとした表情を浮かべながら碌でなし丸出しの言葉を発していた男の表情が、唐突に曇る。男は自分の背中に背負う山のように積み重なった背嚢と、両腕に抱える鞄に視線を向け、うんざりとした風に言った。

 

「なんで俺はこんな莫迦みたいに多い荷物を抱えてるんだぁ!」

「そりゃあアンタが報酬を支払えなかったからだろうが」

 

スパン、と小気味好い音が男のもじゃ毛におおわれた頭から響く。

 

「痛いっ!?」と悲鳴を上げる男を他所に、その頭を平手打ちしたアタシは、呆れ顔でもじゃ毛男――キッキレキを睨む。

 

「別に荷物持ちしたくないっていうなら、それはそれでいいさ。ちゃんとアタシやジェイムズに払うはずだった報酬、今すぐ出せよ!」

「それができないってのはよぉぉぉく説明したでしょ!」

「ああ、された。ホント、何度思い出しても莫迦すぎて呆れちまうけどな」

 

半ベソをかきながら話すキッキレキに、アタシは呆れ果てる。

なんでもこの男、数日前に訪れていたドワーフの里〈ムードリアス〉で取り仕切った決闘で得たG(ゴルト)をその晩に酒場の客と大騒ぎをして全額使ってしまったらしい。

 

支払う金が無くなった挙句手持ちの荷物まで質に入れて手放す羽目になり――結果、アタシやジェイムズに払うはずだった報酬は「ごめぇん、払えなくなりましたー!」と言い放ったのである。

 

アタシとジェイムズがそれぞれ一発ずつ、拳と蹴りを放ったのは無理もない話だ。むしろ一発で済んだだけ感謝して欲しいくらいだ。

 

まあ、そんなこんなで現在。

支払えなかった報酬の代わりに、この〝胡散臭い〟大陸代表を地で行けそうなキッキレキは、荷物持ちとしてアタシたちの旅に同行することとなったわけで。

 

「おいおい、クロウ。あんまり虐めてやるなよ。夜逃げされるのはまあ百歩譲っていいが、荷物持ちが居なくなったら困っちまう」

 

前を行くジェイムズがにやりと口の端を持ち上げながら揶揄うように言った。

 

アタシは「そんなことさせねぇって」と、愛用のハルバードを翳して見せた。暗に逃げたらぶっ刺すと伝えると、荷物を抱えたキッキレキが「勘弁してよ〜」と泣き言を言った。

 

ははっ、と軽く笑いながら、アタシは前を行く二人に早足で駆け寄りながら訊ねた。

 

「とは言っても、このままあの野郎を連れてっていいのかよ?」

アタシたちが向かっているのは、ムードリアスから徒歩で三日ほどの距離にある湖畔の街〈カーネビー〉だ。

まあ、正しくは其処にある反乱軍の活動拠点である基地なわけだが、反乱軍に所属する奴以外には秘匿されている場所に、このままだとあんな胡散臭い男を連れて行くことになる。
そういう意味を込めての質問に対し、「ああ、問題ないよ」と答えたのは、ジェイムズと並んで歩いていた旅装の男――チャックである。

アタシは驚き目を丸くしながら「マジで?」と聞き直す。チャックはにこりと微笑みながら頷いた。

「なぁに、彼については大丈夫さ。何かあったら僕が責任を取るしね?それに、彼の行動はセルアルが逐一見張ってくれてるから大丈夫さ」

と言うチャックの言葉に、「勿論、怪しい動きをしたら直ぐに対処しますよ、私」と答えたのは、チャックの助手をしていた女性、セルアルだ。シュッ、シュッとその場で拳を打つ仕草をするセルアルに、不安を覚えるのはアタシだけだろうか?

ジェイムズに視線だけで〝いいのか?〟と聞いてみる。ジェイムズはにかっと笑いながら肩を上下させた。

 

「チャックさんも言った通り、あのキッキについては其処まで心配しなくていいぜ、クロウ。もしなんかあっても、四対一だ。どうにでもなるだろうからな」

「そんなアバウトでいいのかよ……」

 

「――秘密の話はずるいぞ。オイラにも教えちゃくれないかしら?」

訝るアタシを他所に、いつの間にか追いついてきたキッキレキが話に割って入ってきた。そんなキッキレキに、ジェイムズは「なぁに、キッキも一緒に俺たちの秘密基地に行こうぜって話をしてたのさ」と、割と隠す気もなく答えた。

「秘・密・基・地!なにそれ、胸がときめく魅力的なキーワード!行くよ行くよ行きますよ!」

キッキレキは目を輝かせて、「こっちかな、それともあっちかな!」と首を右に左にと振りながら意気揚々と歩を進めた。

そして、肩を並べてにやりと口の端を持ち上げるジェイムズとチャックの姿を見たアタシは、(大丈夫って――湖に沈める的な意味での大丈夫じゃないよな?)なんて、少しばかり物騒な想像をしながら、彼らの後に続いた。

 

◇◇◇

 

「――さあ、着いたよ」

「着いた……って。あの、チャック」

「なんだい、クロウ?」

「此処……森のど真ん中だけど?」

「ああ、森のど真ん中だね!」

チャックが満面の笑みで答えた。

いや、そんな素直な回答が聞きたかったわけじゃあないんだけど……思わず困ってしまうアタシに、チャックは懐から一振りの短剣を取り出した。

 

「クロウの言いたいことは判っているさ。だけどまあ、此処は黙って見ていてくれ。物事に大事なのは、エンターテイメントだろう?」

「ごめん、わかんない」

にべもなく答えるアタシだった。

うん、大道芸人の思考回路は、槍の修行に明け暮れていたアタシには難解だった。

「そりゃあ残念」と、たいして残念でもなさそうに答えながら、チャックは短剣を器用に手の中で回転させ――

それをおもむろに地面に突き立てた。

同時に、地面が震え出す。

驚くアタシたちの横で、チャックが楽しそうに口元を綻ばせ、

「――Three、two、one!」

チャックがカウントダウンし、勢いよく手を振り上げた。その声と仕草に答えるように、目の前の地面がせり上がる。

姿を現したのは、機械仕掛けの箱のようなものだった。
絶句するアタシたちの目の隣で、セルアルが笑う。

「いやー、これ何度見てもびっくりしますよね!」

「唖然としたのは何もアタシだけじゃないんだね?」

「だいたいみんな、今のクロウみたいな顔をするね」

なんてやり取りをしているアタシたちを横目に、チャックは悠々とその箱の一面に備わっていた取手を摑み、引っ張った。

扉が開かれた。

その奥には地下に向かって伸びる階段が見える。目を瞬かせるアタシを他所に、ジェイムズとキッキレキが嬉々とした声を上げた。

「ははー。地下に続く隠し通路ってことか。しかもガジェットを利用した昇降機能付き。こりゃ知ってるやつでもないと此処に出入り口があるなんて気づけねぇな」

 

「うぉおおおおおおおお!地下に続く秘密の抜け道か!?いいねぇ、格好いいねぇ、まさにロマンに溢れた仕掛けじゃあないのよ!」

 

沸き立つ男たちに、「やっぱこういうのが好きなんだねぇ、男って」とセルアルさんが苦笑する。

そんなアタシたちの反応を見て満足げに頷いたチャックが、

 

「じゃあ、中に入ろう。隠してあるとはいっても、目立ちすぎるのはやっぱりマズいからね」

 

と言いながら、先導するように中へと入っていく。アタシたちは先行く彼を追って、地下に通じる階段を降りていく。

少し進んだ時、後ろからゴゴゴゴ……という地鳴りのような音がした。

アタシはぎょっとして振り返る。

それと同時に、チャックが言った。

「此処への入り口が、また地面に沈んだ音さ。怖がらなくていいよ、お嬢さん」

「いや、怖がってなんかねーから!」

「それは失礼」

飄々と答え、チャックが微笑む。なんだか釈然としない気持ちになりつつ、アタシたちは暫く階段を下っていくと、少し広い空間に出た。

目の前には門扉があって、その門を守るように武装した守衛が二人いる。

アタシは無言でジェイムズを見る。ジェイムズは武器に手を伸ばすことなく、また身構えるそぶりも見せずに視線だけをアタシに向けて、片眼を瞑って見せた。

〝何もするな〟という合図に、アタシは少しだけ考え――彼の指示に従う。

そうしている間に、チャックが悠々と門扉の前へ踏み出す。すると、守衛らしき二人が佇まいを正し、チャックに深々と頭を下げた。

「お帰りなさいませ、レッド様!」

声を揃えて、チャックに向けて二人が言った。「レッド様?」とアタシは首を傾げる。

同時に隣で「え、マジで?」と、ジェイムズが間の抜けた声で漏らしたのを、私は聞き逃さなかった。
何か気づいたのだろう。アタシはそのことを問い質そうとする。しかし、それよりも早く、守衛たちの声が響いた。

「――扉を開けろ!レッド様が帰還された! 扉を開けろ!」

呼びかけに答えるように、鋼鉄の扉がゆっくりと開いていく。その向こうから聞こえてきたのは、結構な数のざわめきと感嘆の声だった。

「な、なあジェイムズ。なんか、すごーく歓迎されてないか?」

「そりゃあ当然だろう。このジェイムズ様がやって来たんだ。美しいご婦人たちが、俺の来訪に感激するのは当然だろ?」

「……いつだってそーゆー冗談が口にできるアンタのその図太さだけは、ホント尊敬するよ」

言葉とは裏腹に侮蔑の視線を向けてやった。ジェイムズは

「マジに怒るなよ。お前の言った通り、冗談さ」と苦笑いしながらチャックに視線を向けて言った。

「非常に悔しいが、どうやらこの歓迎は俺たちじゃあなく、チャック目当てっぽいな」

「……みたいだけど、何者なんだよ。そりゃあ、反乱軍お抱えの大道芸人とは思ってないけどさ」

「大道芸人なのは事実さ。日々磨き上げた芸を披露し、人々を喜ばせるのはボクの本懐だよ」

チャックが私たちを振り返りながら含みのある笑みを浮かべる。

そんな彼へと一歩距離を詰めながら、ジェイムズは言った。

「でも、それだけがアンタのすべてってわけじゃないんだろ?」

その言葉に、チャックは「ああ、そうだとも」と、力強く頷いた。

 

「大道芸人チャック。それが僕であるが……同時に、僕にはもう一つの名前がある」

そう言って、チャックは何処かの大きな舞台で活躍する演者のように、仰々しく両手を広
げ、堂々とした所作と共に、口を開いた。

「このリーガロノクト大陸各地に存在する反乱軍。彼らを束ねる反乱軍三幹部が一人。レッド・チャップさ!」

実に、洗練された動きで一例をするその姿に、アタシはもう何度目かも判らない驚きで口をパクパクとさせながら、チャックを見ていることしかできなくて。

そんなアタシの様子に、チャックは茶目っ気交じりに口の端を持ち上げながら言葉を続けた。

「それが僕のもう一つの名前だよ。そしてようこそ、ジェイムズ・ゴッドフィールド。クロウ・ルクラーベ。我々は、君たちの来訪を心より歓迎しよう」

 

◇◇◇

 

完全に開放された扉の向こうには、数十人規模の群衆が待ち構えていて、チャック――改めレッド・チャップを出迎えていた。

「お帰りなさい、レッドさん!」

「御無事で何よりです!」

「お帰りになる日を心待ちにしていましたよ!」

「レッド・チャップさん、ご報告したいことが幾つもありますので、後ほど!」

「セルアルちゃんも無事でよかった、怪我はないかい?」

そんな感じでもみくちゃになりながら基地の奥へと流されていくレッド・チャップとセルアルの姿を見送りながら、アタシはジェイムズに訊ねた。

 

「……何者なんだよ、チャック……じゃなくて、レッド・チャップって」

 

「――反乱軍っていうのはな、昔は今みたいな組織立った活動をしていたわけじゃないんだよ。昔はそんな呼ばれ方もしてなかったし〈リヴァイアサン〉なんて組織名もなかった。各地でいきがったり、後先考えずに帝国の連中と小競り合いをするような――反帝国運動をしている連中だったんだ」

「え、そうなのか!?」

驚くアタシに、ジェイムズは「応さ」と頷いた。

「そんな連中だったが、ある頃から各地の反帝国運動をしていた連中たちが、相互で連絡を取り合うようになり、いつしか連携して戦うようになった。
小規模な小競り合い程度しかできていなかった連中が、少しずつだが帝国軍の連中と戦えるようになり始めて、帝国の連中が本格的に認識し始めた時にはもう、今みたいな大陸中で活動する立派な反帝国組織にまで成長していた――レッド・チャップってのは、その烏合の衆だった連中をまとめ上げたボスと一緒に〈リヴァイアサン〉を作り上げたメンバーで、幹部の一人ってわけだ。名前は知ってたけど、顔は拝んだことがなかったから気づかなかったぜ」

わざとらしく肩を上下させて悔しそうに苦笑するジェイムズ。

 

アタシが反乱軍に入ってから日が浅い為、内情に詳しくないから彼のその説明は有難かった。(……もう少し早めに教えておいてくれたら、もっと良かったんだけどね)
と心の中だけで悪態を零しつつ、「後を追いかけよう。初めてきた場所で迷子になるのは御免だ」すると、ジェイムズはにやりと笑った。

「その時は、親切なレディが道案内してくれるさ」

「あー、はいはい。アンタはホントにブレないね。前から思ってたけど、アンタ、言うほどモテるのかい?」

「そりゃあ失礼ってもんだぜ、クロウ。周りを見ろよ。遠巻きながら俺に注がれる熱い視線に気づけないのか」

ジェイムズの言葉に、アタシは言われるがままに周囲を見回す――ああ、うん。なるほど。

確かに少し離れたところで、ジェイムズを遠目に見ている女性たちの姿がちらほらと見えた。ジェイムズがにこやかに手を振って見せると、彼女たちは頬を染めながら何やら嬉しそうな声を上げた。

「どうよ?」と、ニヤけ顔のジェイムズ。アタシは「降参」と言うように両手を軽く上げて見せる。

「いやー、しかし反乱軍ってのは、なかなかいい人材がいるな。見目麗しいお嬢さんが所属しているとは、嬉しいねぇ――って、んん?」
鼻の下を伸ばしながら反乱軍のメンバーを眺めていたジェイムズが、驚いたように目を見張った。

なんだろうと思っているうちに、ジェイムズが大きく手を振りながら声を張る。

 

「そこにいるの、ムゥの旦那か!」

「――……ジェイムズか?」

ジェイムズの呼びかけに答えたのは、アタシから見ても隙の無い佇まいをした男だった。

憮然とした様子で此方を振り返って、ジェイムズの姿を見て目を見開いている。
そんな男の様子に、ジェイムズは破顔しながら駆け寄った。

「ディアマールぶりだな、ムゥの旦那。クロウ、紹介するぜ、このクールそうな男はムゥ・アシュレイ。各地の遺跡を探索しては、遺物や武器を集めているハンターだ。ムゥの旦那、こいつは俺の今の相棒のクロウだ!」

「ど、どうも。クロウ・ルクラーべです」

ジェイムズに紹介されて、アタシは慌てて頭を下げた。

どう接していいか判らなくて、そんなありきたりな対応しかできなかったが、ムゥは気にした様子もなく、悠然としながら

 

「ムゥ・アシュレイだ。よろしく」と応じてくれた。

 

「しっかし、まさか旦那も反乱軍に入っているとは思わなかったぜ」

「それはこっちの科白だ。こんな場所で再会するとは、なんとも奇縁だな」

「まったくその通りだ。しかしどうしてまた反乱軍に?」

「それまた、ちょっとした縁というやつだ。彼と暫くパーティを組んでいて、まあ……そのまま勧誘されたというわけだ」

そう言ってムゥは視線を動かす。

ジェイムズが彼の視線を追って、再び驚いたように目を見開いた。

 

「お前、ルカか?」

「お久しぶりです、ジェイムズさん!」

 

ジェイムズとムゥの視線の先には、小柄な少年が立っていて、気恥ずかしそうにジェイムズを見上げていた。そんなルカの頭を、ジェイムズがわしわしと撫で回す。

「お前も、久しぶりだな!昔、ハンターとしてのいろはを教えた時以来か?」

「そうですね、随分と昔のような気もしますけど、そんな前でもないんですよね」

「右も左もわからなかったボーイが、随分たくましくなったな!」

どうやらこの少年とも顔見知りらしい。

なかなかどうして顔の広い男だなぁと感心していると、ムゥが口を開いた。

「昔の邂逅を懐かしんでいるのは構わないが……呼んでいるみたいだぞ」

「おう?」

言われて、アタシもジェイムズも揃って後ろを振り返った。

見れば「二人とも、会議するから来て欲しいってさ!」と、セルアルが元気よく手を振っている姿が見えた。

「ははっ。再会の祝いに一杯やろうかって思ったが、どうやらお預けみたいだな。ルカ、ムゥの旦那。また後でな。行こうぜ、クロウ」

「お、おう。それじゃあ、失礼します」悠々と歩き出すジェイムズとは違って、アタシはなんだか恐縮気味に挨拶をして彼の後を追いかけた。

 

◇◇◇

 

セルアルの案内で通されたのは、どうやらレッド・チャップの部屋らしい。

彼の仕事道具が部屋のあちこちに積み上がっている中、部屋の中央に設置された広いテーブルを囲むように、屈強な戦士たちが並んでいた――ついでに部屋の隅っこにキッキレキがへらへらとしながら椅子に座ってアタシたちに手を振っていたけど、アタシもジェイムズも肩を竦めるだけで、返事らしい返事はしなかった。

「これで揃ったね。では、会議――というよりも、まずは近況報告も兼ねて、俺が〈ムードリアス〉で見聞きしてきたことを話そう」

 

そう話を切り出したレッド・チャップの見解に、その場にいる全員が黙って耳を傾ける。

レッド・チャップが最初に話したのは、やはりというか、帝国六将軍が一人――ザラキエル将軍が〈ムードリアス〉に現れた目的についてだった。

あの莫迦げた強さをした将軍が〈ムードリアス〉にやって来たのは、なんらかの取引や陰謀があったわけではなくて、本当の意味で単なる視察だった――というのがレッド・チャップの見解だった。それについては、アタシやジェイムズも同意見だった。

実際、ザラキエル将軍は〈ムードリアス〉の代表の案内で、最新ガジェット武器をいくつか確認しただけで、それ以外に何か会談を行うこともせず、終始涼しい表情を浮かべたまま何事もなく帝都へ帰還したのだ。
もめごとと言えば、セルアルの乱入と、彼女を助けるためにアタシたちが飛び入りで数合刃を交えたことくらいで、それすらまともに戦いらしい戦いになっていなかった。

 

「将軍の強さは……強いとかいう次元じゃなかったぞ。一言発しただけで、二人揃って動けなくなったんだからな!魔法なのか、それとも帝国の新技術なのか…」

「俺としては将軍の後ろに付いていた2人も要注意だ。正面切ってやり合うのは、多分得策じゃあない」
至極真面目な態度で、まともな意見を口にしたジェイムズだが、その陰でこっそりと「あのスタイリッシュゴリラ……次は絶対膝ぁつかせてやる」と零していたのを、アタシは知っている。

 

「まあ、〈ムードリアス〉での出来事は今話した通りだ。次は皆の話を聞きたい。何か帝国に目立った動きはあるかい?」

 

レッド・チャップが訊ねると、並んでいた反乱軍の一人が挙手する。

 

「帝国軍の軍隊が動きを見せています。報告によれば、メテロライタ地方に向けて、大規模の魔銅兵が行軍しているとのこと。魔銅兵であることから、恐らくダントン・オラプナー率いる軍隊と思われます」

「相変わらず人望皆無のお人形ごっこが大好きなようで…」

「別件なのですが、時同じくして、ギルドに加盟している冒険者の多くが、メテロライタ地方のフロッシュベントの樹海に集結しています。調べたところ、どうもしばらく前から大陸各地に依頼書が出回っているらしく、そのクエストを受けた冒険者たちが集まっているようです」

 

「フロッシュベントの樹海?噂のエルフの隠れ里か?」

 

会議の場に何度か飛び交う地方の名に、アタシは聞き覚えがあるようなないようなと首を傾げていると、ジェイムズがそれとなく耳打ちしてきた。

「大陸にいくつかある未踏領域の一つだ。噂じゃあ、エルフの隠れ里の一つ――メディナヘイムがあると言われてる場所だな。其処に冒険者が集まり、帝国軍も向かってる……こりゃあ何かあるぞ」

「何かって、なんだよ?」

「それは知っていそうな人に聞けばいい」

アタシたちのやり取りに割って入るように、レッド・チャップが言った。

彼の目がある一点に向けられて、会議の場にいた全員の視線は自然と彼の視線の先を追う。

そして、

「――なあキッキレキさん」

そいつの名前を口にした。

途端に、名を呼ばれたキッキレキは「ほへっ!?」と間抜けな声を上げて目を見開き、自分に集中する視線に見開いた瞳を白黒させる。

「……え?え?え?何かな?どうしたのさ皆さんそんな俺のこと見つめちゃって。まさか恋でもしちゃったかい?熱い視線を送ってくれるのは嬉し恥ずかしやぶさかでもないけれど、まずはお友達から――」

「普段の僕なら、その軽口にいくらでも付き合うとも。しかし――残念だけど、今は貴方の愉快なお話に付き合っていられる状況じゃあないんだ」

キッキレキの軽口には耳を貸さず、穏やかだった態度が一変し――冷淡な声でレッド・チャップが続けた。

 

「メディナヘイムからの招待状ともいえる、各地で配布されていたクエスト……あれを喧伝していたのは、君だよね?」

「……」

 

レッド・チャップから放たれる静かな殺気が、問いかけと共にキッキレキに向けられる。

もじゃ毛男は口元をひくひくと痙攣させ、視線をそっと泳がせる。

こいつ、それで話を流せるとでも思っているのだろうか。

そんな風にアタシが思っていると、案の定レッド・チャップは「あまり乱暴なことは
したくなかったんだけど」と言って笑みを浮かべた。

うーん、この場面での笑顔ってのは、実に凄みがある。

レッド・チャップがパチンッと指を鳴らすと、何人かの反乱軍兵士がキッキレキに詰め寄った。

「強引なのは好みではないけど、此処は自白魔法辺りで無理にでも喋ってもらおうかな?」

 

「……コーサン。降参します!」

レッド・チャップの他人事のような科白に、キッキレキは両手を上げて観念した。その目尻にきらりと光るものがあったけど、誰も同情はしなかった。

まあ、あれだ。

日頃の行いと人柄の問題って奴だろう。

 

◇◇◇

 

「依頼人の名前は、オンギュルウス。未踏領域であるはずのメテロライタ地方が深奥――そこにあるメディナヘイムのご領主様らしい。依頼の内容は至ってシンプル。指定した時期に冒険者たちをメディナヘイムに向かわせるという依頼を大陸中に広めて欲しいってやつだった」

「そんな依頼、引き受けたのかよ?」

「金払いさえよければどんな仕事だってするのがこのアタクシよ!……勿論、俺一人だけじゃなく他にも沢山の仲介人が雇われてたみたいだし、その時点では依頼人が誰かも分からなかった。依頼人不明、目的地は謎、高額報酬、仲介人多数。誰が聞いても怪しいのは俺でも判る。だから独自の情報網を駆使して探してみたのさ。で、分かったのがそこの領主さまらしいって事と帝国相手にコンタクトを取っているってこと、冒険者の召集する期日に合わせて帝国軍が動いているってことだけだったけどね〜」

「以上、キッキレキの持っている情報でした!」と締めくくり、キッキレキはこれ以上は叩いたってなんにも出ませんよと両手を広げて見せた。

誰もが、今まさに開示された情報の真偽を含めて考えを巡らせているのだろう。沈黙が暫く会議の間に鎮座する中、レッド・チャップが口火を切った。

 

「――彼の情報と、我々が得た情報を鑑みるに、エルフのご領主が何を考えているかは不明だが、帝国軍が動いているのは事実だ。これを見過ごすことは、我々にはできない」

レッド・チャップがゆっくりと反乱軍の皆を見回しながらそう言った。

「……そうですね」

「ああ、帝国軍が動くってなら……」

「なにより相手はあのダントン将軍だ」

「お人形大好きおっさんね」

「腹立つ笑い顔に一発食らわせてやろうぜ!」

「みんなやる気があるようで何より。では、出撃の準備を進めよう」

 

「つっても、チャップさんよぉ。帝国軍が動くから俺たちも動くって言うが、何も作戦なしに突っ込んだりはしないだろ?」

にっ、と口の端を持ち上げながらジェイムズがレッド・チャップに問いかけると、レッド・チャップは「勿論」と不敵に笑った。

「反乱軍リヴァイアサンは、無策で行ったりしないよ。俺が先行して、メディナヘイムに紛れ込む。冒険者の中には、反乱軍に所属している者もいるはずだ。彼らと連携し、メディナヘイムの情報を集め、帝国軍の目的を探る。現状敵か味方かは判らないが、ハイエルフとコンタクトも取ろうと思う。状況次第では、戦いになる。彼らと共闘できるかもしれない」

「大筋としちゃあ、そんなもんか。博打交じりな点も悪くない。勿論、俺やクロウも作戦に参加させてもらえるんだろうな?」

「勿論だよ」

レッド・チャップが力強く頷いた。その言葉に、ジェイムズは「上等」と親指で鼻を撫で、「よっしゃ」とアタシは拳を打ち鳴らす。

「さあ皆、時間は少ない。我々のできることを子細に詰めよう。そして帝国の連中に、我らリヴァイアサンの意志を知らしめてやろうじゃないか!」

「太陽はいつも、我に輝く!!!」

 

◇◇◇

 

「――帝国との戦いだぁとかでよくあそこまで盛り上がれるよなぁ」

 

「でも、まぁこれで何とかなりそうだね。僕も人を騙して、その相手が不幸になるのは流石に後味悪いからね。捕まっちゃったし、俺が出来るのはここまでかな」

反乱軍基地の一室に押し込められたキッキレキは、部屋に置かれたテーブルの上に突っ伏しながら苦笑する。

顔を上げ、届けられた湯気の立つカップを眺めて、漂う匂いに鼻をひくひくとさせた。

 

「いい匂いだ。血気盛んに戦話で沸き立つよりも、俺は美しい湖の水を沸かせて淹れた珈琲について語る方がよっぽど有意義だと思うけどね」

ずずっ……と珈琲に口をつけ、キッキレキは今し方珈琲を持ってきてくれた給仕の女性に言った。

「おねぇさん、この珈琲はあれだろ?グロイド産の豆を挽いたやつだろ。自信あるんだ。賭けてもいい」

「……それ、ガルドブとマーブレイのブレンドです」

 

「ああ……そう…」

 

 

満面の笑みでキッキレキの自信を打ち砕く女性に、がっくりと項垂れる。

「おっかしいなぁ……調子悪いのかなぁ」

そう、目尻に涙を浮かべながら珈琲に口をつけた。

 

先程よりも苦く感じたのは、きっと気のせいだ。

 

 

 

第10話 湖の底で沸き立つ 完

 

 

 

執筆    Aoi shirasame

原案・編集   Esta

 

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