ディアマールを拠点にして、暫らくが経った。
<トーマス>という親切な冒険者に薦められて、深く考えることもなく足を運び、
自分と同じように集まっていた冒険者志望たちと初心者講習を受けたのも、随分昔のように思える。
今日も今日とて、戦果はまずまずの実入りだ。
最初の頃はディアマールに日帰りできるような薬草摘みとか、畑を荒らす獣を追い払うくらいのお遣いみたいだったギルドクエストも、最近はようやく冒険者らしいやつを受けられるようになった。
と言っても、素材採取や、ドロイドの部品を集めるとかだ・・・
冒険者と名乗るくらいなのだから、もうちょっと刺激が欲しいと思った回数は、指折り数えて両手と両足が一〇〇本あっても足りないほどだ。
――だけど、だ。
時々、本当に時々――って回数。
壊れていると思ったドロイドが起き上がって襲い掛かってくる――なんてトラブルに見舞われたこともある。
あれは本当に肝が冷えた出来事だった。
たまたま似たようなクエストを受けていたほかの冒険者の援護がなかったらどうなっていたことだろう。
よくギルドの受付嬢が、「ソロでの冒険は危険ですよ」と、口すっぱく言っている理由が判ったくらいだ。
昔からある冒険者の心得の一つは、いつだって「いのちはだいじに」というのだから。
――と、思いはするものの。
やはり、最近のクエストは何処かルーチンワークな気がしないでもなかった・・・。
ディアマールは、大陸にある都市の中でも比較的に安全な地方で、周辺に現れる野獣やドロイドの危険度も低い。
となれば、冒険者の需要というのも必然的に限られてくるものだ。
勿論、困っている人はいつだっているし、ギルドに依頼をしに来る。
そんな依頼を持ち込んだ人たちの頼みをクエストとして受託して、問題を解決するのもまた、冒険者のなすべきことの一つ――というのは判っているのだけれど……
なんて考えているうちに、冒険者の前に食事と蜂蜜酒が運ばれてくる。
運んできた給仕に礼を述べる。
さあ、匙を手にとって食事にしよう。
今日一日の冒険ですっかり空腹になっていた胃袋が満たされていく至福の感覚に、思わず口元を綻ばせる。
そして酒に口をつけたところで――
冒険者の耳は、酒場特有の喧騒の中から、気になる話を拾っていた。
「そういやあのA級の連中、最近見なくなったな」
「ああ、ほかの街からやって来た冒険者から聞いた話じゃ、なんでもエルフたちの隠れ里に向かったらしい」
「エルフの隠れ里だぁ? あの三人って、たしか全員人間(ヒュム)だろ。エルフとパーティ組んでるならまだしも、人間だけでエルフの隠れ里探してどうするんだ?」
「そこまでは知らないよ。本人たちから直接聞いたわけじゃなくて、人伝なのだから」
「なんだよ、はっきりしない情報だな。そーゆーのはもっとしっかりと情報を集めてから話せよ。与太話かもしれねーだろ」
「なんで何も知らなかったお前にそこまで文句を言われねばならないんだ」
溜め息を吐く熟練っぽい風体の冒険者二人組は、その後も酒を飲みながらああだこうだと取り留めのないやり取りを繰り返していった。
そんな様子を横目に見ていたが――自然と口の端が持ち上がってしまった。
タオ、ジェイムズ、グリコ――
あの日メリメロボ通りで出会ったA級ハンターの三人。
確かに、最近姿を見ていなかったから別の街に拠点を移したのかと思っていたが。
しかしまさか、エルフの隠れ里に向かったとは・・・・・。
<エルフ>
森人とも呼ばれる、亜人種の中でも最も長命な種族だ。長くとがった耳と、総じて美しい容姿が特徴の種族。
高い魔法力と自然との親和性を持っているけれど、帝国の機械文明の影響もあって、ヒュムへの不信感も強い。
そのため、その多くはエルフたちだけが踏み入ることのできる領域に隠れ住んでいる――と、どこかで聞いたことがある。
そんな場所に、腕利きの――それもA級認定されている冒険者が三人揃って向かっているなんて、きっと何かあるに違いない。
もちろん、手助けができるとか、そういうことは思っていない。まだまだ冒険者になって一年にも満たない未熟者ができることは限られている。
だから、純粋な興味。冒険者とは、ギルドからのクエストを受け、報酬を受け取って生活する職業――確かに間違ってはいない。
だけど――やっぱり冒険者と名乗るのならば、未だ訪れたことのない土地に足を運び、自分の目で色々なものを見て歩き、時
に危険と隣り合わせになるような――心躍る冒険がしたいと思うのは、ごく普通のことで。
「――決めた」
自然と、口から言葉が零れた。
一人前になれたかは判らないが、少なくとも見習いの段階はもう終わったはず。
慣れた土地を離れる不安もあるが一つどころにとどまっていたら、それこそ何のために冒険者になったのかと自分を奮い立たせる。
そして食事を終えて、酒場を後にしたころにはもう、その足取りは自然と速くなっていた。
明日から準備に取り掛からないといけない。
どれくらいの貯蓄があったかを考え、そして旅支度に必要なものを、思いつく限り頭の中でリストアップしていく。
装備も修理に出さなければならないし、
食料や水。地図も必要だし、
目的地までかかる日数や、そこに行きつくまで経由する街と街の間の距離も調べないと。
資金に余裕があれば、移動手段を手配する必要もある。
冒険をするのは、やっぱり大変だ。手間もかかるし、面倒事も多い。
だけど、それを踏まえてうえでなお、やっぱり心はワクワクしていた。
まだ行ったこともない、見たこともない土地に思い馳せ。新しく始まる冒険に胸躍らせながら、冒険者は旅の支度を始めるのだった・・・・。
第3話 新天地を目指して… 完
原案 Aoi shirasame
編集 esta