(1/4)
煤煙に染まる曇天は、ルドラ帝国の発展の証である。
故に――帝都の空は曇天こそが晴天である。
さあ、帝国臣民よ。曇天を仰ぎ見よ。その空こそが、帝国の空である。
――シュボガッハ・ジャンケ
リーガロノクト大陸において最大の国土を持つ、唯一の「国」――ルドラ帝国。
その中心地である帝都ニゲルは、「特殊技巧」によって生み出された最先端の蒸気機関技術により、大陸史上でも類を見ないような発展を遂げていた。
幾つもの高層建造物が聳え立ち、同時に随所に姿を見せる歴史ある建造物が混在した街並みの中を、蒸気駆動式四輪車が所狭しと走り回り、都市に張り巡らせた無数の線路を、幾つもの蒸気機関車が黒煙を吹きながら客車を運んでいく。
このリーガロノクト大陸に点在する地方都市では決して見ることなどできないであろう、最先端技術の結晶の数々が当たり前のように存在する大都市の中心地。
ロストクレイブ城に程近い帝国軍事施設内にある訓練室に、ただ一人彼はいた。
人気のない第一訓練室の中央で、彼は近接訓練用ゴーレムを相手に素早く軍刀を打ち込んでいく。
次々と繰り出される帝国式剣術の技がゴーレムを襲う。
矢継ぎ早に繰り出される達人の域に至る疾く鋭い剣閃は、ゴーレムの反応速度を超えてその防御を搔い潜り、あるいは防御自体を押し通してゴーレムの身体を捉える。
ゴーレムが繰り出す反撃は、地を滑るような足運びと精緻(せいち)な体捌きが生み出す身のこなしによって掠りもしない。
刃と、装甲がぶつかり合い、火花が幾度も飛び散る中で、彼はゴーレムから僅かに距離を取り、軍刀を鞘に納めると腰に構え――
「――噴ッッッ!!」
抑え込み、絡め取り、そして斬砕する必殺剣がゴーレムを襲い、防ぐことも躱すこともできずに破壊されてしまう。
破片を撒き散らしただの機械の残骸と化す訓練用ゴーレム。
その際に吹き飛んでしまったゴーレムの武器である鉄鞭が、くるくると宙を舞って訓練施設の入り口近く――丁度施設内に足を運んできた、一人の軍兵の目の前に落下した。
「……休暇明け早々に、殉職するかと思いましたよ」
やって来た軍兵は、あと一歩足を踏み込んでいれば自分の脳天に落下してきたであろう鉄鞭を見下ろし、そう言って顔を青くする。
そんな軍兵を見て、彼は――シュウ・ラミエムは静かな眼差しを向けた。
「すまない、ロッシ特兵。怪我はないか?」
「……紙一重でしたが、どうにか」
ロッシと呼ばれた軍兵は、冷や汗を流しながらどうにかそれだけ言葉を絞り出す。
そして視線は足元に突き刺さった鉄鞭と、爆散したゴーレムの残骸へと向けられた。
「容赦ないですね。いくら訓練用とはいえ、そんなに気軽にゴーレムを壊していると、また兵器開発部から苦情が来ますよ」
「しかし……これくらいせねば鍛錬にならない。ただの素振りや打ち込み稽古では、できることが限られる。」
そう言って悩ましげに唸るシュウに、ロッシは肩を竦めて苦笑いする。
「相も変わらずストイックですね、シュウ特兵殿は」
「敬称は不要だ。君はもう立派な軍兵で私と同じ特兵なのだからな」
「まあ、それはそうですが……慣れないものですね。でも、此処には我ら二人しかいないので訓練校時代を思い出してシュウ先輩、とお呼びさせてください」
その返事に、シュウは小さく失笑しながら軍刀を腰の鞘に納めた。そして壁際へと向かうと、立てかけてあった訓練用の軍刀を二振り手に取り――その片方をロッシへと投げた。
飛んできた軍刀を受け取ったロッシは、訝る(いぶかる)ように軍刀を見て、続けてシュウを見る。
シュウは不敵な笑みを浮かべながら言った。
「休暇明けと言っていたな。なら、少しばかり付き合ってくれないか。鈍った身体を慣らさないといけないだろう」
「――……ソウデスネ」
愉しげに言うシュウの言葉に、ロッシは天を仰いで諦念の息を吐いた。
(2/4)
刃引きをされているとはいえ、軍刀による実戦訓練は危険が伴う。
打ち所が悪ければ大怪我を負い、あるいは命に関わることすらあるだろう。
しかし二人の特兵はそんな可能性など気にした様子もなく相手に向けて軍刀を打ち込んでいく。
「長期休暇は何をしていたんだ?」
「はい。妻と子供に会ってきました。20日間の休みは、長いようで短かったですね。こちらに戻って来るのが心苦しくて仕方がありませんでしたよ」
「軍人の辛いところだな」
「全くです」
軍刀を振るう傍らで二人は言葉を交わす。
よくもまあ軍刀を振り回しながらそのような世間話ができるものだと、余人がこの場にいればあきれ果てることだろう。
しかし、この場に二人を止める者はいない。
だから二人は変わらず軍刀をぶつけ合い、時に体術も交えながら会話を続けた。
「時にシュウ先輩、休暇の予定は?」
「休暇か……私には無用だな。余暇があるならば、鍛錬に励むほうが余程有意義に思える……」
「軍人としても武人としても、先輩の姿勢には感服します」
「世辞を言っても手は抜いてはやらんぞ」
「それは残念」
その後も打ち合いがしばらく続いていった。やがて二人の間の熱が増すにつれ剣の応酬も激しさを増していく。
「踏み込みが半歩足りない」
「おっ?」
「左右の切り返しが遅い」
「おおっ?」
「打ち込みの際の締めが甘い」
「おおおっ?」
ロッシの剣筋の不足点を指摘しながら、シュウは涼しい顔で剣速を徐々に上げていく。
対するロッシは「手厳しいですねっ」と悪態を零し(こぼし)ながら必死にシュウの打ち込みに食らいついていくものの、徐々に、確実に劣勢に追い込まれていく。
保てて、数合――そう判じたのと同瞬、ロッシの守りを抜けたシュウの一撃が、ロッシの腹部目掛けて叩き込まれた。
「ぐっ……ううっ」
苦悶の声を零してその場に膝をつくロッシに対し、シュウは音もなく軍刀を鞘に納める。
「総じて、まだまだ甘い。もっと精進するべきだ」
「耳の痛いお話ですね……いや、今は脇腹のが痛いな……うぅ」
強かに打った脇腹を抑えて蹲るロッシの様子を冷然とした眼差しで見下ろしていた、シュウはふと思い出したように訊ねた。
「そういえば……君が特兵になったのは、私と任務を共にする前だったな?」
ロッシは「ええ、そうです」と頷き、痛みを堪えながら手から零れた軍刀を拾い上げる。
「元々、自分は軍兵候補として仕官し、帝国領内で様々な雑事に従事してまして、こつこつ地味に務めていたのですが、どう評価されたのか、特兵への昇格となりました。そして特兵となっての初任務が、シュウ特兵と共に参加した、隊商宿エノンテベースの任務だったというわけです」
(LIFEisFANTASIA~ミストロードと辺境警備隊~イベントストーリー)
ロッシの答えに、シュウは納得したようで、同時に納得がいかないと言うふうに眉を顰めた。
「一般兵にしておくには惜しいが、特兵としてはまだまだだな」
「シュウ先輩と比べたら……ですね。でも、ようやくですが家族を養えるほど安泰ともいえる階級に至ったんですから……手放さずに済むよう頑張りますよ」
シュウの言葉に、ロッシは嘆息しながら言った。ロッシにしてみれば何気ない、さして考えもせずに口にした言葉だったが……彼の科白に、シュウの表情が僅かに歪む。
「……手放さずに、か」
その言葉が、シュウの中の矜持を苛む。
同じ帝国軍に属していて、帝国軍・軍兵と帝国軍・一般兵では、圧倒的な隔たりがある。
一般兵にとっては、一般兵最高位である曹長になることすら一生をかけて到達できるかという階級であり、余程の特例がない限りその上の階級――即ち、軍兵になることができない。
軍兵になるには、様々な条件をクリアする必要がある。
帝国軍事訓練学校の履修課程を終了し、その中でも優秀な成績を収めることは必須。
だが、それと同じか……あるいはそれ以上に重視される要素の一つが、ズクンフッド地方の出身者である――ということだ。
一部の例外を除けば、軍兵候補となる人材は全員がズクンフッド地方の出身者であるのは、公然の事実。
極稀に、ズクンフッド地方の出身ではない者も軍兵候補になることはあるが、これは訓練における成績がずば抜けており、その上で現役の帝国軍・軍兵及び帝国軍関係者からの推薦があって初めて候補となるが、これは極めて特例中の特例と言われている。
そうして軍兵候補たちが一定の軍務を達成することで晴れて士官――即ち、特兵として正式に配属となる。
訓練校の中で切磋琢磨し、帝国軍の先鋭である軍兵になるために弛まぬ研鑽を積み重ねた生え抜き集団――それが帝国軍・軍兵という兵科(へいか)であり、〈特兵〉という地位だ。
しかし、
(私も、彼も――帝国軍・軍兵〈特兵〉……か)
目の前で軍兵に――〈特兵〉に成ったことに何処か満足げな後輩と、若かりし頃から帝国軍・軍兵として軍務に励み、自己研鑽を怠ることのない〈特兵〉であり続ける自分を、何故か比べてしまった。
「どうかされましたか? シュウ先輩」
ロッシの問いに、物思いに耽っていたシュウは我に返る。
そしてすぐに「……いや、なんでもない」と力なく首を振って、ロッシに背を向ける。
ロッシはそんなシュウの背を見て何かを感じ取ったかのように口を開く――のだが……ロッシにはその背にかける言葉が思い浮かばず、二人の間に沈黙が鎮座しそうになった。
――その時だった。
「――久しぶりに訓練所を覗いてみたら熱心な軍兵がいるようだな」
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一人の男が訓練室に足を踏み入れると、懐かしむように室内を見回した。
「ふっ……そうか。久しぶりに足を運んでみたが、訓練室とは確かにこういう情景だったか」
そう言いながら一人の男が訓練室に入って来るのを見るや否や、シュウとロッシは即座に姿勢を正し、その人物へ敬礼した。
「構わん、楽にしてくれ」
そう言って、白い髪と白い顎鬚が生えた――鋭い眼差しの老兵が、そんな二人の前 で立ち止まり、射貫くような鋭い視線が、シュウへと向けられる。
「久しいな、シュウ特兵」
「ご無沙汰しております、イーゴン准将」
――イーゴン・モルガク空軍准将。
帝国の領土拡大時代(A.D.180年)から帝国六将軍ガガイギアと共に幾つもの戦場を渡り歩き、戦果に貢献した軍人の一人であり、ガガイギア将軍によって任命された陸・海・空それぞれの頂点に立つ〈三叉槍(トライデント)〉の一角。
将軍から直々に帝国軍空軍を任されられている、ルドラ帝国軍空軍のトップ。それが彼だ。
「お前の実直な勤勉具合は何処にいても聞こえてくる。特兵の中でも、特に優れた軍人だとお前を知る連中は皆口を揃えて言っている」
「過分な評価だと思いますが……」
イーゴンの言葉に、シュウは僅かに目を伏せてかぶりを振った。だがその様子に、イーゴンは何か感じるものがあったのだろう。
顎髭を撫でながら探るように言葉を吐いた。
「……どうしたシュウ特兵。なにやら顔が曇っておるぞ。まるで帝都の空のようだな。何か悩みでもあるのか?ワシに言ってみろ」
「いえ、何も……問題ございません」
イーゴンの問いに、しかしシュウは間を置くこともせずに即答する。
「そうか。しかし、軍兵をしていたら悩みの一つやふたつあるのではないか?」
「特にはありません。あったとしても、それは軍兵としてではなく私的な問題ですので、准将のお耳を汚すようなほどではないでしょう」
「ふむ……そういえば、お前は陸軍に所属して長かったな。所属が長ければ、いいということでもなかろう。どうだ。お前さえよければ空軍への転属を考えてみないか?」
「ありがとうございます。しかし、私はこれからも陸軍として邁進する所存ですので」
「そうか……シュウ・ラミエム。ラミエム家……か。確かに、昔から優秀な陸軍兵を輩出してきた武門の家柄だったな」
「はい。ゆえに、私自身も陸軍兵としての栄達を目指しておりますので、今後も転属することはありえないとお考え下さい」
「そうか……うむ。承知した」
イーゴンにしてみれば、取り付く島もないとはこのことだったであろう。
それとなく踏み込んでみるかと試みるイーゴンに対し、シュウは一貫して必要以上の会話を拒んでいた。
だが、その態度が、一層イーゴンの興味を惹いた。
冷然と直立する軍人の鑑のような姿勢に、イーゴンは微苦笑し……問答を続ける。
「ところでシュウ特兵、長期休暇は取ったのか?」
「いえ。私の様なものが休暇など取れません。私の目標は帝国軍将校ですから」
「ふむ……」
シュウの返事に、イーゴンは顎髭を撫でた。
「多くの者が休暇中にも関わらず、自己の鍛錬に費やすか……何をそんなに焦っているのだ?」
イーゴンの問いに、シュウが沈黙する。否、言葉は出かかっている。しかし、果たして本当に口にしていいものなのかと言う逡巡(しゅんじゅん)が、イーゴンには見て取れた。
ならば、場を整えてやるべきかと、イーゴンは訓練室にいるもう一人の軍兵を見る。
「お前さん、名は?」
「はっ。帝国陸軍特兵、ロッシです」
「そうか――では、ロッシ特兵。すまんが少しばかり、席を外してもらえんか?」
「承知しました!」
イーゴンの申し出に、ロッシは即座に応じてその場で一礼し、訓練室を後にする。そうしてロッシが部屋を出て行ったタイミングで、イーゴンは改めてシュウを見据え、
「しつこいようですまんな。だが、陸軍と空軍の所属は違えど、同じ帝国軍人である以上、お前もワシの部下の一人だ。部下が何かに悩み苦しんでいるのならば、気に掛けぬわけにはいかない。だから……話してみろ。良いきっかけになるかもしれんだろう?」
イーゴンのその言葉に、シュウはようやく重い口を開く。
「・・・・私自身、幼少の頃より優れた軍人となるべく軍人として必要な様々な教育をラミエム家より施されてきました。訓練校を主席で卒業し、特兵になってからも、将校になるべく己を鍛え、腕を磨き、様々な軍略を日々学んでおります。しかし、どれほど任務を達成しても階級が変わることはなく、歳月ばかりが過ぎていく」
シュウは其処で一度口を閉ざした。腰に吊るした軍刀を鞘ごと外し、イーゴンに向けて翳して見せ、覚悟を決めたように言葉を――感情を吐き出す。
「傲慢な考えであることは、重々承知しておりますが…… 少なくとも、私は軍兵としての力量には自信を持っております。 以前、ある大尉殿との手合わせを通じて、私にはまだ足りていない部分があると自覚し、それを克服すべく訓練を続けております。 他を圧倒する力と技、私にはそれがまだ足りていない。しかしながら、その力を手に入れても、それを証明する場が見つかりません。 私の実力をどのように証明し、将校へと昇り詰めるのか……。 そんなことを考えておりますと、休暇などしている余裕は私にはないのです」
(LIFEisFANTASIA~ミストロードと辺境警備隊~サブストーリー)
イーゴンは、シュウの中に潜む複雑な感情を余すことなく受け取り、その鋭い眼光が煌めく。
「……将校を目指している。それに間違いはないか?」
「はい、そうです」
「そのために、自らの実力を証明する機会が欲しい――と?」
「……叶うのであれば」
「強さを追い求め、その価値を重んじつつも、外部の複雑な要因によってその強さに悩まされる……まったく。中々どうして似ているじゃないか」
イーゴンが一人納得したようにそう話す。
だが、シュウはイーゴンが言わんとすることの意味が判らず困惑してしまう。
そんなシュウに対して、イーゴンはある提案をする。
「なら、うってつけの場がある――そう言ったら、お前はどうする?」
「本当ですか!?」
驚きの声を上げるシュウに、イーゴンは頷いた。
「プライモール地方に、ザハブ・フィダーラという都市がある。聞いたことはあるか?」
「はい。確か金の鉱脈が豊富な地方で、金で成した財でプライモール地方の様々な事業を取り仕切り、貿易も盛んに行われて……あと、プライモール三大闘技場の一つ『ベズゼル闘技場』があることでも有名です」
イーゴンは「その通りだ」と肯定する。
「従来のベズゼル闘技場での闘技大会は、プライモール地方出身者という制限があったが、今回の大会はその制限がなく、誰でも参加が可能なものとなったそうだ――で、ワシはある男と共に、このザハブ・フィダーラに向かうことになったのだよ」
「……もしや、プライモール侵攻のための下調べですか!?」
脳裏によぎった可能性に思わず声を上げたシュウだったが、イーゴンの口から告げられたのは、まったく別の答えだった。
「いや、違う。いうなれば――バカンスだ」
一瞬、シュウはイーゴンが何を言っているのか分からなかった。
冷静沈着を心掛ける彼らしからぬ、眼が零れ落ちるのではと思ってしまうほど目を丸くし、シュウは今しがたイーゴンが発した言葉を、聞き間違いではないだろうかと思いながら反芻する。
「ば、バカン……ス?ですか」
「そうだ。バカンスだ」
どうやら、聞き間違いではなかったらしい。聞き間違えであってくれたほうが、よほど良かったのだが……
そんな風に思ってしまったシュウを余所に、イーゴンは何処か含みのある笑みを浮かべた。
「〝長期休暇〟を使って足を運ぼうと思っている。で、だ。共に向かうことになったある男というのは、根っからの武人なのだが……最近どうもつまらんことで頭を悩ませているみたいだったからな。こういう闘争心を刺激する場所であれば、彼にとってはよい気晴らしになるのではと思って誘ったのだよ――そこでだ、シュウ特兵。お前も同行し、この闘技大会に参加するといい」
なにが「そこで」なのか、シュウには判らなかった。
文脈を無視した、しかも提案ではなく決定事項として告げるその口ぶりに、シュウは理解が追い付かず絶句する。
そんなシュウを余所に、イーゴンは言いたいことを言い終えたと言わんばかりに、くるりと背を向けて歩き出した――
「お~いロッシ特兵。もう入ってきていいぞ!」
「は、はっ! なんでしょう!?」
突然呼び立てられたロッシは、急いで室内へと入って来る。そんなロッシの反応は気にも留めず、イーゴンは、
「シュウ特兵の休暇届、お前が代理で出しておけ。どうせこのままでは長期休暇の申請などしないだろう。提出時にはワシの名を出しておけば、代理でも問題なく受理するよう手配しておく」
「りょ、了解しました!」
指示に困惑するロッシの返事が終わるよりも早く、イーゴンは再びシュウへと視線を移す。
「三日後、ワシの所まで来い。詳しい内容は、追々伝えるとしよう。ではな!」
と最後に言い残すと、彼は訓練場を後にした。
残されたシュウとロッシは、暫しの間その場に立ち尽くしてしまう。
シュウにとってはまさに青天の霹靂。
あまりの急転直下の展開に、どう反応すればいいのか判らず、思わず「いいのだろうか……?」と口にしてしまう。
「長期休暇を使って、准将と何をするんですか!?」
そんなシュウに、ロッシはそう声をかけた。
「ああ、私もよくわかってないが……長期休暇を使ってイーゴン准将ともう一人の同行者と共にプライモールの闘技大会に出場することになった。が、少し急すぎて驚いてしまっているんだ」
「ど、どういう経緯でそうなったかわかりませんが、シュウ特兵の力量を准将にお見せするチャンスじゃないですか!これまでの研鑽の成果を、余すことなく発揮できる舞台が、向こうからやって来たんですから」
とロッシが話す。
「それに……ご一緒する人物もきっと腕が立つ方でしょうし、何か得るモノがあるはずですよ。で、ついでに優勝しちゃったりすれば、箔が付きますよ。あと、ワシの所って言ってましたから、きっとイーゴン准将の飛空艇で向かうことになるんでしょうね!」
シュウの困惑している表情とは逆に自分のことのように嬉々としているロッシに、暫くの間沈黙し、頭上を仰いで懊悩(おうのう)した果てにシュウは一言、「そうだな」と口にするのだった。
(4/4)
「では、私は休暇届を代理で提出してくるので、シュウ先輩は早速旅支度を始めておいてください!」
そう呵々と笑ったロッシの言葉に背を押され、シュウは苦笑しながら彼と別れて自室へと向かうべく歩き出す。
「……そういえば、いつぶりだろうな。まとまった休みを貰うのは」
(だが……ただの休みではなく、〝長期休暇〟……か。
帝国軍が難易度の高い任務――大規模な軍事作戦の前に、士気向上と兵士にある種の覚悟を固めさせるための、特別な休暇のことを指す言葉だ。この休暇が長ければ長いほど、その後に通達される任務は、所謂〝命の危険”が伴う任務〟であることが極めて高いのだという。
(今の帝国の情勢を鑑みても、〝長期休暇〟など必要ないはず。なのに、イーゴン准将は〝長期休暇〟と口にしている……)
「だが、イーゴン准将はあくまでバカンスと言っている……准将にとっては、バカンスだが……准将が言っていた、〝ある男〟にとってはそうではないのか?」
(そもそも何故、空軍のである准将が陸軍施設である此処にいた? 空軍施設は帝都郊外だ。准将はよほどのことがない限りそこから動くことはないはず。これから休暇を取ってバカンスと言っていた人物に用が……いや待て。准将はバカンス先に誰かを連れて行く……その人物が陸軍にいる?)
独り言をいいながら廊下を歩いていたシュウの足が、ハタと止まる。
自分の脳裏によぎった可能性を、シュウは自ら否定するように首を横に振った。
「――まさか、そんなはずはないと思うが……」
脳裏にちらつく人物の可能性に、シュウは頭を抱えてしまいそうになるのを必死に堪えて、代わりに眉間に皺を寄せた。
今日は、というか――この一時間もしない短い間に、言葉にしがたい感情が幾つも湧いて来てはせめぎ合い、交じり合い、複雑に絡み合って判然としない気持ちが渦巻き続けている。
そして――自分の中でずっと燻ぶっていた何かに、火が点いたような。
硬くどれだけ強く叩いても傷一つつかなかった殻に、突然罅(ひび)が入ったような。
そんな、小さく――しかし強い気持ちが湧き上がってくるような気がして、シュウは微笑を浮かべる。
「……不思議な話だな」
ずっと無明の荒野を歩いていたはずだったのに、突然目の前に道が拓かれたような気がした。
いや、確かに。道は指し示されたのかもしれない。
後は、その道の先に何を見出すのか。
目指すべきものを思い出す。
どうすればいいのかを、考える。
立ち止まったままだったシュウの手が、自然と腰に吊るす軍刀をぐっと握り締めた。
この機を、決して逃してはならない。
――証明、するのでしょう。
後輩の言葉が、ふと過ぎった。
「――ああ。きっと、証明して見せよう」
誰にともなく、あるいは自らに宣言するように。
シュウはその言葉と共に、止まっていた足が動き出す。
前を向く眼差しは普段と変わらず冷静で、しかしその奥には――確かな闘志の火が宿っていた。
新章 2話
『Better to ask the way than go astray.』完
執筆 Aoi shirasame
原案・編集 Esta
(あとがき)
今回のお話に登場する「シュウ特兵」「イーゴン准将」そして「ある男」は、飛空艇に乗って砂漠地帯であるプライモール地方に向かうことになりました。
すなわち、8月11日に開催されるイベント『LIFEisFANTASIA~ノンブル・ドールと砂漠の闘技場~』に、上記の人物たちが物語に登場することになります。
物語の詳細や動向については、イベント内で提供されるサイドストーリーを通じて知ることができます。
このイベントで、実際に彼らとの出会いを通じて、彼らの物語や帝国に関する情報が明らかになるでしょう。
帝国に興味を持っている方は、ぜひこのイベントに参加して物語を楽しんでみてください。
次回予告
新章3話『May your choices reflect hope, not regret.』
反乱軍地方軍司令「ソー・タイオス」のお話です。6月公開予定。