Short Story

――それを剣と呼ぶにはあまりに奇妙な形状をしている。細く鋭い剣先に対し、剣身の半分は三日月の突起によって形を成している。柄も短く、純正の柄が拵えられているわけでもない。

単に硬い皮を巻いただけの代物。 そう。それはハルバードの穂先だった。

本来あるべき長柄武器の長い柄から外されただけの、敵を突き、あるいは払うための刃。断じて剣として用いるような代物ではない。

無理矢理に命名するならば、斧鑓剣〈ハルバードソード〉というところか。

確かに、鑓の柄が折れた場合など、応急的に短鑓として使用することはあるだろう。しか しそれを恒常的に用いる者は、大陸中を探してもまずいない。

いない――はずだ。

 

ただ一人。

彼だけを――

ジェイムズ・ゴッドフィールド

という冒険者を除いては。

 

 

†††

 

 

「相変わらず、奇怪なものを得物にするなぁ、お前」と、仏頂面の男が俺の腰に目を向ける。

 

「こいつのことかい?」

「それ以外に何がある」

「羨ましいのか、旦那? 残念だけど、やらないぜ」

「いらん。そんな扱いにくい代物」

口をへの字に結ぶ武具屋の用心棒グンナーを前にジェイムズは笑みを崩さずに肩を竦め、すらりと腰から得物を抜く。

奇怪な――とグンナーが言った、

俺の愛剣。まあ、果たしてこいつを剣と呼んでいいのかは、実際のところ微妙なところだろう。

特に、武器の売り買いをする者からすれば、 なおのことだろうなと納得もする。

 

――斧鑓剣。

誰が呼ばずとも俺自身がそう呼ぶこの片手剣は、確かに常人からすれば首を傾げるような代物だ。

 

元々、長柄の武器の先に付いて真価を発揮する武器だ。この剣で相手を仕留められるようになるまで随分苦労したものだ。しかもこの剣に慣れてしまうと、いざ代わりに普通の剣を使ってみようものなら、これまた剣の重心感覚が狂って振り回されてしまうときたもので――

と言うのも、それは昔の話だ。今じゃあそんな素人みたいな醜態をさらすことはまずない。

そんなに面倒なら得物を変えるか、しっかりした物に変えればいい――

なんて文句はいやという程聞いた。だが誰に何と言われようとも、この得物を変える気はない。

 

ジェイムズは手に収まる愛剣を指先でくるりと回転させながら、反対の手に持つ酒杯を傾けた。

 

「慣れちまえばなんてことない武器さ。俺にはこいつ程馴染むものもないし――なにより、 こいつこそが俺の誇りなんだ。聞きたいか?」

ジェイムズがそう訊ねると、グンナーは「いらん」とかぶりを振った。

 

「〝孤狼のオクタ〟の――お前の親父の話なら、耳にタコができるほど聞いた」

そう、グンナーはぼやいた。

 

「そいつぁ残念だな。俺は幾らだって話せるのに」

ジェイムズは声に出して笑いながらそう言うと、グンナーは苦笑と共に溜め息を零し― ―そしてふと何かを思い出したように口を開いた。

 

「……そう言えば、お前の親父の墓がある場所――ラントの村近くだったか」

「おうさ。自然豊かな山の中、あんまり人が寄り付かない場所だけどな。まあ、親父は静かな場所の方が好きだったから、其処にしたんだ」

記憶を探るように言うグンナーに笑い話でもするかのように答え、ジェイムズは半分以上残っていた酒杯の中身を一気に飲み切って「あ、そこのお嬢さーん! これおかわり!」と通り掛かったお尻の形が良い女給さんに、満面の笑みで訴える。

しかし残念ながら、その女給にはジェイムズの必殺スマイルは通用しなかったらしい。

彼女は実に見事な愛想笑いで「おんなじのですね。少々お待ちくださいませ」と接客対応されてしまった。

空になった酒杯を預け、その背が見えなくなったところでジェイムズはがっくりと肩を落とす。

そんな彼を見て、グンナーは「親父も草葉の陰で泣いてるだろうさ」と小声で零した。

「けっ」と悪態を零すジェイムズに、グンナーは呆れた様子で溜め息を吐きながら、僅かに声を潜めながら言った。

 

「そのラントの村だが――帝国軍に占領されたらしい」

「――……なんだって?」

寸前まで沈んだ気持ちだったのが嘘のように、凪いだ気持ちで彼は顔を上げる。

 

「山火事があったらしくてな。その処理に帝国の連中が駆け付け――そのままだそうだ。尤 も、噂ではその山火事そのものが、帝国の仕業だとも囁かれているがな」

「マジかよ……」

グンナーのくれた情報に、ジェイムズは口元を手で覆い沈黙する。

 

「――帝国……帝国ねぇ……」

そう言って、ジェイムズは席を立つ。

 

「――行くのか?」

グンナーが、神妙な面持ちで問うてくる。

ジェイムズは努めて軽いノリで、口の端を持ち上げながら答えた。

 

「おうさ。久々に墓参りとしゃれこむよ」

ひらひらと背中越しに手を振って、彼は馴染の二人の元へと向かう。

 

どうせその辺でご自慢の筋肉をひけらかす相棒と、現実主義で酒飲みな女剣士様は、その辺りで飲んでいるはずなのだ--

 

 

 

†††

 

 

なんてことがあったのが、今から数日前のことである。

あの後、そう時間をかけることなく見つけられた二人にかいつまんで事情を説明すると二人は二つ返事でジェイムズの願いを快諾した。

 

「ああ、分かった。行ってこいよ!」

「こっちはどうにか上手くやるから、その代わり、アンタの報酬は私たち二人で分けるからね!」

――という、実に心温まる優しい言葉と共に、二人はジェイムズを送り出してくれたのだ。

本当に物分かりのいい連中で嬉しい限りだ。

 

ジェイムズは二人から感じた厚い友情と言葉を思い出しながら歩き慣れた道を悠々と歩く。

だが、不思議なことに懐かしさという感慨は一切抱くことはなかった。

 

理由は簡単。

何せ歩いている道には馴染があるのに、歩いている景色には全く馴染がなかったからだ。

 

「こりゃまた盛大な模様替えなことで。前に来たときは、このあたりも緑に溢れた山道だったはずなんだけどな」

木々に溢れていたはずの山道は、未だ燻ぶる焼け跡と、微かな火の臭いがところどころに残る土と灰に覆われた山肌となっていた。

 

「山火事……ねぇ。の割には、随分綺麗に仕上がってるなー」

山火事の後って言うよりは、開拓のために整地しているようにも見える。噂話どころではなくなってきている気配に、ジェイムズは自ずと眉を顰める羽目になった。

そもそも――だ。

 

「これ見よがし、って感じで飛んでるんだもんなぁ。空によ……」

ジェイムズは遠目にうかがえた物体を見て苦笑いする。驚きと呆れが調度半分になったような気持ちで空を漂う飛空艇を見上げた。

一、二、三……うん、たくさん。目的地の山の上に滞空する飛空艇。そのすべてに刻まれているのは、この大陸の覇者たるルドラ帝国の旗である。

救いなのは、その飛空艇は戦闘艦ではなく、工作艦であるという点か。護衛のために武装した飛空艇もいるようだが、それは小型のもので、空挺戦を想定したものではない。

つまり武力による圧力を感じさせる代物ではない……けどまあ、帝国を嫌う連中からすれば、どんな些細なものでも警戒の対象にはなるだろう。

 

いや、むしろそっちこそが目的なのか? なんて邪推すらしてしまう。

噂にしても、あの空を漂う飛空艇にしても――釣り餌としては充分だろう。実際、釣られた魚がいるのだから。

 

「――って、なんだありゃ」

視線の先――記憶通りなら、かつてラントと呼ばれた村があった場所の辺りに、人だかりが出来ていた。

ジェイムズは躊躇いなく彼らの後ろに歩み寄り、人垣の向こうを覗き見て――

 

「まあ、沢山いるよね」

人垣の向こうに在ったのは、かつて村だったものの残骸と、その撤去作業にいそしんでいる帝国軍の姿だ。

 

「――んん? あんたは……確かたまに村に寄っていた冒険者のニイチャンだな」

と、近くにいた老人が話しかけてきた。

 

「爺さん、俺を知ってるのか?」

「おや?何度か顔を突き合わせているんだがな」

「悪いな、美人の顔なら喩え百年だって覚えておく自信があるんだけど」

「都合のいい脳みそしておるのぅ。その様子を見るに、いつもの用事というわけではなさそうだが」

あえて言葉にすることなく視線を帝国軍の連中へと向けると、老人は簡潔に説明をしてくれた。女性の長話ならいくらでも付き合えるが、男の長話なんてごめんである。

老人の話によれば、以前からこの村には帝国からの立ち退きの要請があったらしい。

帝国の飛行航路の確保のための、〝天空回廊〟――要は航空艇の行き来を逐一チェックするための関所を作りたいらしく、この村はその建造域に含まれてしまったそうだ。

そのため、帝国側は村の住人にこの一帯から立ち退くように申請したが、彼らに住み慣れた土地を離れる気はなく、長らく交渉は膠着状態だったという。

 

「――だが、一週間ほど前のことだよ。山に火の手が広がったのは」

言葉を吐き出した老人の表情は悔しさが滲んでいた。その表情から察せられたのは、悔恨と憤慨の気色だ。

 

「幸い、死人は出なかったよ。怪我や火傷をした者は何人かいたがな。そしてわしらの家屋が焼け尽くされ、火がいよいよ山全体に広がる――そんな時だ。奴らはまるで機を見計らったかのように現れたよ。そして何食わぬ顔でこう言った。 〝被害を聞いて消火活動に駆け付けた。周囲の被害状況の確認及び撤去作業は我々が行う。 危険だから、貴方たちは此処から去るように。避難所と、一時的な仮設住宅も用意してある〟――とな」

「そりゃまあ、帝国に恨みがなくとも疑っちまう話だな」

というか、まあ十中八九老人の思っている通りだろう。

村の連中が断固として首を縦に振らないと判断し、強行策に出たのだろう。

もしも山火事の原因を追及されようとも、そもそも目撃者がいなければ何とでも言い逃れできる――何よりも相手は帝国の正規軍だ。この大陸の覇者である彼らに、正面切って異を唱え訴えようとする連中は、まずいない。

 

「ほんと、力をつけた組織ってのはやりたい放題だな」

そうぼやきながら、ジェイムズは遠くで作業に務める帝国の連中の様子を窺った。

すると帝国兵に食って掛かる一人の女性に視線が集中する。

 

「あれは……クロウ?」

「クロウ?」

ジェイムズが首を傾げると、老人は「そうだ。あの娘の名だ」と頷いた。

 

「この村出身の冒険者でな。昔から向こう見ずなところがある男勝りな娘なんだ」

「なるほど……で、故郷をこんな状態にしたかもしれない帝国連中に勇んで食って掛かっているわけか」

「あれほどおとなしくしているように苦言したというのに……」

老人は困り果てた様子で頭を抱えてしまう。そんな老人に対して、他の住人たちは揃って 「あの娘が聞くわけないでしょ」と呆れの眼差しを向けていた。

村人連中の反応はさておいて、ジェイムズはそうこうしている間にも雲行きが怪しくなっている帝国連中と冒険者クロウを観察する。

 

ジェイムズの視線は、帝国連中の背後を捉えていた。

其処には魔銅兵〈ゴーレム〉が数十体並んでいる。たかが辺境の警備に持ち出す兵の数ではない。反帝国活動の連中を警戒しての警備強化――という可能性もあり得るだろう。

まあ、そういう裏側の事情とか思惑とかを考えるのは、どうやら後になりそうだが……

誰かが息を呑む気配と共に、警報が鳴った。クロウなる女冒険者は、どうやら此方の想像よりもかなり勇ましい性質らしい。

彼女は雄々しい気迫を上げながら、背負っていたハルバードを振り回し、血気盛んに魔銅兵〈ゴーレム〉達をなぎ倒し始めたのだ。

 

「やれやれ、勇ましいお嬢さんだな」

ハルバードを振り回し、一体、また一体と魔銅兵〈ゴーレム〉を吹っ飛ばすその姿に、称賛の気持ちと共に苦笑を浮かべる。

だが、これは少しばかりまずい流れだ。何がまずいかって言えば、それは実に判り易いものだ。

恐らく手に負えないと判断したのだろう。遠巻きに様子を窺っていた帝国兵が魔銅兵達に指示を飛ばし、一斉に動き始めたのだから。

 

†††

 

クロウは、果敢に魔銅兵に挑みかかる。

振り下ろされたハルバードの刃が、魔銅兵の装甲を打ち据える。

激しい金属同士のぶつかる音と共に、魔銅兵の身体が大きく歪むと、クロウはすかさず追撃の刺突――更に間合いを詰めると、ハルバードを 支えに高く舞い上がり、頭に跳びかかった。

そしてためらいなく頭と首の隙間にダガーを突き刺し、そこから何かを引っ張り出し、力任せに引きちぎる。

途端、魔銅兵からよく判らない音が漏れ、そのまま動かなくなってしまった。

どうやら魔銅兵の動力系統に関係する機能が破壊されたらしい。

複数を相手取りながら、まるで数の不利を感じさせない立ち回りと、彼らを軽々とあしらった槍捌き。 そして一瞬も臆することなく跳びかかる胆力と度胸。 無鉄砲ではあるが、しかし気概に見合う腕前は見事の一語に尽きる。

だが――

「くっ……なんだよこいつら。急に動きが……!?」

一体、二体と魔銅兵を倒していくクロウだが、その快進撃も長くは続かなかった。そもそも、如何なる理由であれ現在、この村跡は帝国軍の部隊が展開しているのである。

そんな場所で単身暴れ回ればどうなるかなど、火を見るよりも明らかだ。

何より、クロウは知らなった。

魔銅兵には徘徊人形(ドロイド)とは違い学習機能がある。少し前まで近接戦闘を行っていた魔銅兵だが、クロウの動きから現状解析し、現戦術では太刀打ちできないと判断――対抗策を即時演算し――情報共有を行った魔銅兵たちはクロウから距離を取り始めたのだ。

そしてクロウから距離を取りつつ、包囲網を敷くように展開された魔銅兵たちは、標準装備されているガジェット銃を斉射する。凄まじい銃声が辺りに木霊し、放たれた銃弾がクロウへと襲い掛かる。

「このっ……帝国のデク人形の分際で!」

悪態をつきながら、クロウは果敢に銃火を抜けようと走り回る。だが包囲網を敷かれた彼女はまさに袋のネズミそのものだった。

避けた先を狙い澄ましたように魔銅兵の機械腕の振り下ろしがクロウを襲った。

不意を突かれ、背後からの攻撃で体制を崩してしまう。そして体制が崩れた瞬間を狙って次々魔銅兵たちに手足を抑え込まれ、あっという間に捕縛されてしまった。

 

「グッ……くそっ、放せぇ!」

声を上げ、抵抗し、必死に拘束から逃れようとするが、魔銅兵たちの拘束する手に緩む気配はない。

見兼ねた帝国兵が魔銅兵に指示を出す。すると、一体の魔銅兵がクロウに向けて銃器を突き付ける。

帝国に楯突く者には粛清を――。

ゴーレムはその銃口をまっすぐクロウへと向け、今まさに放たれようとした時だった。

 

――BRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRR!

 

そんな騒々しい排出音が辺り一帯に轟いた。

帝国兵も、魔銅兵も、成り行きを見守っていた村民たちも――そしてクロウも、思わずその音のする方向へ視線を向ける。

それはすさまじいまでの蒸気を吐き出し、馬よりも早く地を駆け、一直線に此方へと飛んだ!

帝国兵たちの間をすり抜け、銃口を突きつけた魔銅兵へトップスピードで突っ込むと、その勢いのままに吹き飛ばした。

そして続けざまクロウを捕縛していた魔銅兵に武器を深々と突き立てて、瞬く間に破壊したのである。仲間を破壊された魔銅兵たちは、即座にその戦士を敵と判断し、クロウへと向けていた標的設定を今度はその戦士へと変えた。

(――なんだ? なにが……なにが起きてる!?)

あまりに突然すぎる状況の変化に、クロウは唖然としながら心の中で叫ぶ。判ることは、自分以外にも帝国とことを構える覚悟がある奴がいた――という事実だけ。

思わず、口の端が持ち上がる。

不敵に、不遜に――我が意を得たりと言う風に。先程まで悔しさに染まっていた表情は、嬉々と綻ぶ。

クロウが昂っている間にも、憎き帝国の連中がたった一人の戦士によって翻弄されていく。

魔銅兵たちが一斉射撃をすると、戦士は盾を翳して銃弾を受け止めながら、腰に巻いている機械のベルトについている釦を叩いた。

すると、再度響き渡る排出音。止まっていたと思った蒸気が再び濁流の如く吐き出して、その勢いに乗るように男の姿が再び放たれた矢のように飛び出す。

盾を構えたまま体当たりし、その魔銅兵を遮蔽物代わりに銃弾を防ぐ。

そして続けざまに別の魔銅兵へと襲い掛かった戦士は、そのまま背中に張り付いて力任せに魔銅兵の身体を振り回した。その間にも発射され続けていた銃弾は、四方八方へと飛びかって、別の魔銅兵や帝国兵へと飛んでいき、場は瞬く間に大混乱に陥ったのである。

如何に学習能力のある魔銅兵も、あまりに目まぐるしく変化する状況に処理が追い付いていないのか――火を噴き続けていた銃撃が止んで、レンズ眼のついた頭を右往左往させていた。

そこに、

「――よっと!」

――ガンッ!

軽快な声に続いて、金属同士がぶつかり合う音がしたかと思えば、クロウの目の前に立っていた魔銅兵の頭から火花が飛び散った。見上げれば、其処には奇形の剣を魔導兵の首に突き立てている戦士の姿があった。

ジェイムズは剣を引き抜くと、魔銅兵から飛び降りてクロウの目の前に降り立つ。

 

「俺様、レディのピンチに颯爽と参上――ってな!」

ウィンク交じりにそう軽口を叩く戦士に、クロウは「なんだ、こいつ?」と目を白黒させてしまった。

 

「あれ、反応がいまいちだな……んー、決め台詞シリーズの一つなんだけど、これは駄目だったか?」

そう言いながら、戦士は腰の鞄から小さなガジェットを取り出すと、またも釦を押して適当に放り投げる。

途端、投げられたガジェットから吹き出す煙幕が、瞬く間に周囲を埋め尽くしていく。

 

「動けるか? 動けるなら、立って走れ。此処から逃げるぞ」

「アンタは一体……なんで私を助けるんだ?」

「そーゆーのは後にしろ。今は逃げることの方が大事だ。捕まりたいって言うなら、話は別だけど」

「まさか!」

「なら立って走れ。先導するから見失うなよ」

言うや否や、ジェイムズは手にしていた盾を勢いよく投げ放った。思わず目で追うと、盾は此方に向かってきていたらしい帝国兵の顔面を見事捉えて、その兵士は「うぎゃっ!」という間抜けな悲鳴を上げてその場に倒れてしまった。

盾を投げたジェイムズは、その兵士の上を飛び越えて走っていく。

「ついてこい!」という彼の声に従って、クロウは自分のハルバードを拾い上げると、煙幕の中、声を上げ続ける戦士の後を追ったのだ。

 

 

†††

 

帝国の追跡を逃れたジェイムズがクロウを連れてたどり着いたのは、彼にとってのもう一つの目的地だった。

彼の父の墓前である。

と言っても、大した墓じゃあない。大きめの石を墓石代わりにした、ただそれだけの墓だ。 石には汚い字で『誇り高き孤狼、此処に眠る』とある。本当にここで眠ってるかは定かじゃ ないが、それでもこの場所こそが、彼の墓だ。

そんな墓前の前で、ジェイムズは手を翳して遠くを覗く。調度この場所からは、ひと悶着 を起こした村跡が見えるのだ。遠目に見るに、帝国軍の連中は既に捜索を打ち切っているのか、騒がしい様子は見受けられなかった。

一応背後の方も気には掛けている。追跡されないよう何度か道を逸れ、あえて姿を晒して別な方向に逃げるなどして攪乱も抜かりなくしている。少なくとも、気配を窺える範囲に追手はいないことを確認し、ジェイムズは安堵の吐息を漏らす。

そして腰に巻いていたガジェットを手早く外し、それを手に取って微苦笑する。

 

「どうやら、しっかり逃げ切れたみたいだな。いやぁ、しかしこのガジェットのおかげで助かったぜ。いらないかと思ってたけど、思いのほか便利だな。これ」

そうつぶやくジェイムズの脳裏には、このガジェットを手渡してくれた御仁との会話が蘇っていて――

 

◇◇◇

 

 

「我がベースを救ってくれたお礼に、ワシのガジェットコレクションの一つを君にプレゼントしようじゃあないか!」

ガハハハと笑い声を上げながらそう話すのは、隊商宿ポレパリベースボス・アガベである。

しかし彼の申し出に対し、実のところジェイムズは即応で拒否の意思を示した。

「いや、俺はコイツだけでも充分戦えるしガジェット装備はかさばるからあまり使わない主義なんだよ」

と、自分の愛剣をポンと叩くジェイムズ。

 

「まあそう言わずに受け取るがいい、冒険者よ。君にくれてやるのだ!使うなり、売るなり、用法は幾らでもあるだろう?」

と、アガベはどうにも彼にガジェットを持たせたいらしい。ジェイムズは暫くの間、拒絶の意思を示すようにアガベから視線を逸らしていたが、どうやら彼はジェイムズが首を縦に振るまで対峙する気でいるらしい。

やがて、じっと男に見つめられ続ける現実に耐えられなくなり、ジェイムズは渋々アガベの申し出を受け入れることにした。

「……そうまでいうなら貰うが……別に俺じゃなくてもいいだろうに」と愚痴を零すジェイムズを気にも留めず、アガベはジェイムズにひとつの箱を手渡し、中身を見せた。

入っていたのは機械帯〈ガジェットベルト〉だった。「なんだこりゃ?」と首を傾げるジェイムズを見て、アガベは待ってましたと言わんばかりに破顔しながら話し出す。

「こいつは『跳馬咆哮〈マスタングボルト〉』という。ガジェット工房の中でも有名なアッシュティア工房にて作られた品の一つでな、これがなかなか面白い品なのだ。この『跳馬咆哮』はカートリッジに充填された蒸気エネルギーを利用し、起動するや否やカートリッジから供給される蒸気エネルギーを高圧縮したのち、蒸気を一気に噴射することで推進力を得るまこと素晴らしいガジェットなのだ。より簡単に言えば、蒸気を吐き出す力を利用して高速で走り回ることができる――ということだな。

しかしこれがまた桁外れな推進力を得るもので、試験運用した研究者たちはひょろっちいもやし連中だったせいで、『跳馬咆哮』のもたらす加速圧に耐え切れず彼方に跳ぶわ、此方に跳ぶわの大惨事だったそうだ。おかげで試験運用のためにわざわざ冒険者を雇い、どうにか実用にこぎつけたものの、あまりに扱いにくい品なために全く人気が出なかったという――まあ曰く付きの品なのだよ」

「……それは曰くじゃなくて、悪評じゃねーか」

「まったくだな。むしろ〝跳ね馬〟と呼ぶよりは〝じゃじゃ馬〟といった感じじゃな!」

そう言ってガハハと笑うアガベに、ジェイムズは呆れ顔で訊ねた。

 

「なあ、アガベの旦那や」

「なんだね、冒険者よ」

笑うのをやめて首を傾げるアガベ。そんな彼に、ジェイムズは肩を怒らせながら叫んだ。

 

「その話を聞いて、どうして俺が受け取ると思うんだよ!?」

「並みの冒険者なら『跳馬咆哮』に振り回されるが、A級ハンターのジェイムズ君なら大丈夫だと見込んだからに決まっているだろう!」

「……そういう嬉しい評価もっと違う機会に聞きたかったな。あと、顔近いッ!!」

髭面のおっさんの至近距離は、ジェイムズのような女好きには酷だ。ジェイムズは大きく飛び退き、そのまま回れ右をする。

 

「まあ、そうまで言われちゃあ使いこなせねぇとは言えねぇな。まあ、使う機会があれば――の話だけど」

「機会なぞ、気づかぬうちに遭遇するものだよ――おおっと、そいつの使い方についてだが――」

引き留めてなお話の続きをしようとするアガベに、ジェイムズは「いらねぇよ」と手を振った。

 

「どうせ聞いても半分も覚えてられねぇ。こういうのは実践あるのみが俺の信条だ。つうわけで、あばよ!!」

言うや否や、ジェイムズはその場を後にする。その背を、アガベは半ば茫然としたまま見送り――彼が部屋を後にしてから、漸く口元に笑みを浮かべた。

 

「ガッハッハ。なかなかイキの良く、生意気な冒険者だ。しかし……あのガジェットはエネルギーの消費が凄くてなかなか燃費が悪い、ということくらいは伝えておくべきだったかのう?」

 

◇◇◇

 

「しっかし、このガジェット。燃費が悪すぎるだろ!たった三回でエンプティ・ハイとは……蒸気カートリッジって、結構高かったような……」

「何を一人でぶつぶつ言ってるんだ?」

『跳馬咆哮』に備え付けられている空になったカートリッジを見据えて愚痴を零していると、背後から声が掛けられた。ジェイムズは苦笑し、荷物袋にガジェットをしまいながら「なんでもない。独り言さ」と軽口で応じる。

 

「まあ、どうやら帝国の連中はしっかり撒けたらしいから、安心してくれていいぜ」

「……そうか」

安堵の声と共に、地面にどかりと座り込んだ女冒険者クロウが額の汗を軽く拭っていた。

ジェイムズは荷物から清潔な手ぬぐいを取り出して「使えよ」と、彼女へと投げる。

クロウは無言でそれを受け取ると、一瞬どうしたものか逡巡したのち――結局そのまま 手ぬぐいで自分の汗を拭きとりながら、ジェイムズを見上げた。

 

「――それで、さっきの質問の続きだ。どうして私を助けた? ええと……」

「俺はジェイムズ・ゴッドフィールドジェイムズと呼んでくれ。あるいは親愛を込めて、 ジムでもいいぜ?」

そういって、挨拶とともにギルドカードをクロウに差し出す。

「へぇ~、A級ハンターなんだね。どおりで強いわけだ。お察しの通り、アタシも冒険者だよ、B級だけどね」

クロウも自分のギルドカードをジェイムズに渡した。受け取ったカードには、しっかりと彼女の名前とランクが記されていた。

―――――――――――――

Name:クロウ・ルクラーベ

Rank:B

―――――――――――――

「確かに、確認した。カードもらっておくぜ」

そう言って、ジェイムズはギルドカードをしまった。そして、クロウは溜め息交じりにジェイムズを見上げる。

 

「……とりあえず、礼がまだだったね。さっきは助けてくれてありがとう。助かった」

「まあ、俺はレディの窮地を見過ごさないのさ。体が飛び出しちまったわけよ。義憤――ていうのかな。クロウもそうだったんだろ?」

「はは……だったらいいよな」

と、ジェイムズの科白に、クロウは苦笑いと共にぽつりと言葉を吐いた。

 

「アタシの場合はそんな格好いいモンじゃあないよ。ただ――」

ぎちり――と、彼女はハルバードの柄を強く握り締めながら、腹の底に溜まる何かを吐き出すように、言葉を紡ぐ。

 

「アタシたちの住んでいた家や場所を奪ったことや、奪われたアタシたちの目の前で、あの村をまるで我が物顔で歩くあいつらの、アタシたちに対する高圧的な態度も――全部が全部、腹が立った……ああ、腹が立ったんだ。許せねぇって思ったんだ」

強く、ハルバードの石突が地面を叩く音が辺りに響き――そして、それを上回るクロウの怒号が続いた。

 

「あー、本当によ!あいつら、絶対に許さねぇ! なにが帝国のためだ。そのためだったら、其処に暮らしている連中なんてどうでもいいっていうのかよ。アタシたちは、ずっと昔からあの場所で生まれて、育って、生きてきたんだ!!」

叫びながら立ち上がったクロウは、鋭い眼光を村の方向へ向ける。今も其処で展開しているのであろう帝国の連中を睨みつけるようにしながら、悲痛な声を上げる。

 

「なのに!それをあいつらの勝手な都合で踏み躙って、これまで受け継いできたもの全部を奪いやがって! アタシの帰る家も、あそこにあった。あそこが、アタシの帰る故郷だった。でも、それももうない。許せるものか……」

絞りだされるように紡がれたクロウの言葉を、ジェイムズは暫く黙って聞いていた。そして、

 

「帝国にとっては取るに足らないものであっても、そこに住んでいる人。そこに生きている人。そういう人たちに取っちゃ、掛け替えのないモノだ。

誰かの守り続けてきたものを踏み躙って、誰かの大事なものを奪い去って、それでお国の繁栄のためとか言われたって――そりゃあ、納得いかねぇよな」

ガシガシと髪を掻き揚げて、ジェイムズはクロウを見据え――言った。

 

「帝国のすることが許せないっていうのなら、この大陸を支配する帝国に、真正面から抗う気概はあるか?」

「……どういう意味だ?」

唐突なジェイムズのその言葉に、クロウは意味を図りかねて首を傾げた。

 

「そのままさ。クロウと同じで、帝国が許せない。今のやり方が受け入れられないって奴らは、 実のところ多い。俺もまあ、そんな連中の一人でな」

滔々と語られるジェイムズの言葉を聞いていたクロウが、徐々に彼の言葉の意味を理解していったのだろう。

戸惑い、困惑し、驚愕し、疑って――だけど、やがてジェイムズの言葉の意味を正しく受け取ったクロウは、恐る恐るという様子で、

 

「もしかして…..アンタ、反乱軍か?」

そう、問うたのだ。

ジェイムズはにやりと笑い、そして首を縦に振る。

 

「――ああ、あんまり大きい声では言えないがな。帝国が完全悪とは思わないが、俺には俺の考えがあって、アイツらの手助けをしてる」

「へぇ。じゃあ、アンタは大陸中を騒がしている反乱軍リヴァイア=サンの連中の一人ってワケね。で、あの騒ぎに気が付いて帝国の邪魔しに来たって言うの?」

「そう言えたら格好いいんだけどな」と、ジェイムズはクロウの言葉を否定する。

 

「此処へ来たのは俺の意志で反乱軍の指示ってわけじゃない。俺はメンバーっつっても遊軍扱いで、自由行動を許してもらってるんだ。だから、ハンターをしながら各地を回ってる。あの場に出くわしたのは、ほとんど偶然さ」

「偶然って……じゃあ、何しにこの村に来たんだ?」

首を傾げるクロウに、ジェイムズは腰に吊るす斧鑓剣を叩きながら言った。

 

「この得物の元の持ち主に会いに来たって――トコかな」

「得物って……それのことか?」

クロウは訝しげにジェイムズの腰を指さした。ジェイムズは「おうとも」 と笑って斧鑓剣を抜いて見せる。

 

「ということは……元の持ち主ってのは、その墓の人?」

ジェイムズの話と、この場所に置かれた石を見てクロウが察する。ジェイムズは首肯で応じた。

 

「ああ、〝孤狼のオクタ〟って言ってな。俺の養父さ。口数は少ないが、腕利きの――俺の育った村の唯一のハンターだった。魔物から何度も村を守って、最後まで村のために戦って、この鑓だけが残されちまったけどな。で、俺はその穂先を改造して片手剣にしてるってわけさ」

と説明をし、ジェイムズは剣を腰の鞘に納めた。

 

「俺が教わったのは、剣術やサバイバル術――ようは一人で生きていく方法と、狼の誇りだ」

「狼の誇りって……狼は凶暴だろ?」

「知らないのか。狼は群れを大事にする優しい生き物なんだぜ?」

そんな返事を待っていましたと言う風に語って、ジェイムズは微笑んだ。

 

「まあ……アンタがその得物を大事にしてるのと狼に詳しいってのは判ったよ」

「博識だろ? 惚れてもいいぜ」

「惚れるか」

「そいつは残念だ」

冗談に真顔で返答され、ジェイムズは微笑を苦笑へ変えながら肩を竦めた。そうしてふと、思いついたように視線を村のあった方向に向け、

 

「あとは……そうだな。此処から見える村の景色が好きだったんだ。親父が守ろうとしていたのは、此処から見える、こんな景色だったのかもなって思えてね。だから、まあ帝国の連中がやったって確証はなかったけど、クロウの勢いに便乗して、一泡吹かせたかったのかもな〜」

自分で言ってみて、なるほどその通りかもなと、ジェイムズは思った。自分は、思っていた以上に此処から見えたあの村の風景が好きだったのかもしれない。それを、帝国の勝手な理由で壊されたのが、気に食わなかったのか。

そんなジェイムズの言葉に、クロウは暫し茫然としたまま彼の姿を見つめた後、

「そう、 か……」と小さく一言だけ零して俯いた。

声は、掛けなかった。

ただ黙って、ジェイムズは彼女が動くのを静かに待つ。その間に、荷物の中から酒瓶を取り出して、彼は一口それを口にした後、父の墓石にかけてやった。

すると、

 

「――……それ、アタシにもくれよ」

と、背後からクロウがそう言った。ジェイムズは驚いたように目を丸くするが、微苦笑と 共に彼女に歩み寄ると、そっと酒瓶を彼女に差し出した。

クロウは引っ手繰るようにジェイムズから酒瓶を受け取ると、そのまま一気に中身を呷ると、吹っ切れた様子で声を上げる。

 

「なあ、アタシを反乱軍に入れてくれないか?」

「・・・本気か?ただの復讐だったら辞めたほうがいい。さっきみたいに命がいくつあっても足りないぜ?」

「……復讐したいって気持ちがない――と言ったら、嘘になる」

「だろ。なら――」

「だけど!」

やめておけ、と言おうとしたジェイムズを遮るように、クロウは強く言葉を発し、ジェイムズを見上げた。

 

「きっと、これから同じことを帝国の連中はするだろう? いや、もしかしたら、今この瞬間だって、何処かの集落や村が、帝国の勝手な理由で取り潰されて、時にあいつらの武力と暴力で踏み躙られているかもしれない。

実際に、アタシはもう失くしてしまった。あんな都合よく山火事なんて起きるわけがない。でも、証拠がないから、そこに異を唱えることができない――そんなことは、きっとこれまでもたくさんあっただろうし、これからだってたくさん起きる。そんなの、そんなの許せるわけないだろ!」

クロウは真っ直ぐにジェイムズを見た。その目に宿っているのはただただ帝国を憎み、復讐に燃えるだけの暗い炎――だけではない。

 

「アタシは故郷を守れなかった。失ってしまった。だから、だから思うんだ。こんな辛い思いをする人が、この先もたくさん現れるなんてのは、許しちゃいけない。故郷を、大切なものを奪われて、悔やんで、嘆いて、憎しみに身をやつすのは――」

それは強い覚悟と、意志の宿った瞳だった。

嘘偽りがない――とは言えないが、しかし彼女の言葉は真剣であり、真摯であり、力強い。

 

「だけど、そう思っても、アタシひとりじゃあどうにもできない。そんなときに、帝国に本気で戦おうとしている連中の一人に出会った――これを運命と思わずに何だと思う?

アンタは偶然っていうけど、アタシにとっては巡り合わせだ。アンタに助けられたことにも、きっと意味がある。だからアンタの――反乱軍の力を、アタシに貸して欲しい。同じように、反乱軍でアタシのできる限りのことをするよ。だから、どうか……頼む!」

そう言って、クロウはジェイムズに頭を下げた。

彼女のその言葉に、その姿に、ジェイムズはさてどうしたものか、と考える。いや、考えるフリをする。

暫く、二人は黙っていた。クロウは頭を下げた姿勢のまま、黙ってジェイムズの返答を待っている。

その必死な様子に、ジェイムズは小さく失笑しながら――やがて口を開いた。

 

「近々、ある町に帝国の将軍がやってくるらしい」

ジェイムズの言葉に、クロウが顔を上げる。どういうことだ?と表情が物語っていた。

 

「少し前に、特殊なガジェットを使って反乱軍に連絡を入れたのさ。まあ、定期連絡みたいなものさ。そしたらそれから間もなく、伝書が俺のところに来た――これだ」

言いながら、ジェイムズは懐から一枚の手紙を取り出し、それをクロウに見せる。

そこにはこう書かれていた。

 

<ドワーフの住む町――地下炭鉱都市『ムードリアス』に集まられたし。帝国の六大将軍の一人――ザラキエルがガジェット視察に訪れる。メンバー数人、潜伏調査中>

 

手紙を読んだクロウが、零れ落ちんばかりに両眼を見開いているのを見てにやりと笑い、ジェイムズは言った。

 

「てなわけで、俺はこのままムードリアスに向かうけど・・・来るんだろ?」

それが、ジェイムズのクロウに対する返事だった。

どう転ぶかはさておき、少なくとも彼女の言葉と覚悟は本物だと思ったゆえの判断だ。何かあったときは……最悪自分が何とかするしかないだろう。

そんなジェイムズの心情など露知らず、クロウはためらいなく首を縦に振った。

 

「ああ、勿論!!」

「ただし、無茶だけはしないように。まあ、これは命令じゃなくて、お願いだけどな」

「善処するよ」

「それくらいの気構えで充分だよ」

むすりと答えるクロウに、ジェイムズは肩を竦めて見せた。

 

そしてジェイムズは義父の墓石へ酒の中身を一気にぶっかける。

ジェイムズは不敵に笑って踵を返した。

 

「さあ、そうと決まればムードリアスに行こうじゃないか。なぁに、レディのエスコートは得意中の得意だ!」

「……そんな軽いノリで行くのかよ、アンタ」

と、クロウは不安の入り混じった声でそう訊ねると、ジェイムズは陽気に答えた。

 

「良いんだよ。使命や確たる目標を掲げた旅は崇高なものだけど、だからと言って楽しみを捨てろってわけでもないだろう?」

「まあ……そうかもしれないが……大丈夫か?反乱軍からの指令が届いたばっかりっていうのに……」

後半のクロウの声は、小さくてジェイムズの耳には届かなかった。が、ジェイムズはたいして気に留めることもなく、代わりにふとあることを思い出してクロウのほうへ振り向く。

 

「クロウ、知ってるか?ドワーフの娘たちの間では、髭を生やしている男がモテるって話

ジェイムズの問いに、クロウは目を白黒させながら「はぁ??」と 首を傾げた。

すると、ジェイムズの眼が怪しく光り――

 

「髭を蓄えたワイルドな俺! 変装にもなり、ドワーフ美女たちにもモテモテ! これは一石二鳥……いや! 俺の格好良さにも磨きがかかり、一 石三鳥かもな!」

そう言って、ジェイムズは意気揚々と旅路を歩きはじめた。

 

そんなジェイムズの様子を見ていたクロウは、茫然とその背中をしばらく見つめ、

 

「……ついてく相手、間違えたかもな」

と、頭を抱えながらも、ふと、立ち止まり故郷を見下ろすクロウ。

 

 

村に立ち込める白煙の中から、

小さな反撃の狼煙が上がった____ように見えた。

 

 

 

 

 

 

第7話 立ち込める白煙、立ち昇る狼煙。  完

 

 

 

執筆    Aoi shirasame

原案・編集   Esta