Short Story

「——おーい、そこの人! ちょっと待ってくれよ!」

その声は突然だった。
誰に向けての声かは判らないが、随分迷惑な声だった。一体何処の誰がそんな声を上げているのかと思って足を止めて周囲を見回すと、行き交う人々の中に奇妙な男が立っていた。

奇妙——

あるいは奇天烈と言ってもいい程に、男の容貌は目立っていた。
幾つもの色の革を繋ぎ合わせた派手なロングジャケットにモジャモジャの頭、酔っているのか目元は赤く、独特なステップで歩く〝胡散臭い〟という表現が相応しい男だ。

関わり合いたくない気持ちから視線を敢えてずらした——その瞬間である。

 

「そう! 今まさにボクから視線をはずして、進行方向を変えてるそこのキミだよ~!」

冒険者は愕然とする。
まさかとは思っていたが、本当に自分に声を掛けているとは思わなかった。男は「なんだなんだ?」と訝る人々の目を引き連れながら、軽快な足取りで冒険者の目の前にやって来た。

 

「いや~ビックリさせちゃってごめんね。キミを探してたんだよ。やっと見つけたから嬉しくて大声だしちゃってさ」

この奇妙な男が自分を探していた事に驚きながらも、とりあえず質問をした。

 

「……えっと、何か用ですか?」

すると、男は腰に手を当てた姿勢のまま目を瞬かせる。

 

「 君はD級ハンターの○○さんだよね?」
そう言うと同時、男の双眸が鋭くなる。こちらの様子を窺うその視線は、何処か値踏みさ
れているような気配があった。
冒険者は、そんな男の視線に僅かに気圧されながらそっと頷く。

 

「――……だよねー!」

途端、男は破顔して肩をバシバシと叩いて来た。一安心したとでもいう風に吐息を零し、
「良かった良かった」と言う始末。一瞬前まで垣間見せた剣呑な気配が一気に霧散し、男は芝居がかった仕草で両腕を広げながら言う。

 

「いやーよかった。人違いですって言われようものなら、お互いに時間の無駄になっちゃうからね。Time is money !時は金なりってね、だから有効に使わないとさ!」

―と、男は話す。そして周囲をきょろきょろと見回すと、冒険者へと距離を詰めた。

 

「ま、見てのとおり胡散臭く感じてしまうかもだが、自分でいうのもなんだけど悪い奴ではないことは確かよ。だからそんなに警戒しないでおくれよ。話ってのはクエストの話さッ!」

男はそう言うと独特なステップで踊り始めながら、器用に話を始める。

 

「このクエストを依頼するにあたってキミのことは多少調べさせてもらったよ。例えば、君が胸躍るような冒険に飢えていることとか、そろそろ何処かに拠点を移そうとしていることとか――ね。おっと、心配しないで。ボクは単なる仲介人。クエストを受けてくれそうな人を探す仲介人の仕事をしているだけだから」

胡散臭い男の話に引っかかる部分があるものの、そのまま続けさせる。

 

「仕事の内容よりもまず知ってほしいのが報酬は30万ゴルト。しかも一人につきだよ!凄いでしょ?ついでに前金として10万ゴルトと最低限の旅の必需品アイテムはこちらで用意させてもらうよ。クエストの場所はここから離れてるからそれくらいは当然かな――どうだい、少しは興味を持ってくれたでしょ??」

うっふっふ~と、男が笑う。どうする? と聞いているように見えて、その実この胡散臭い男が自分にクエストを受託させようとしているのが分かる。返答を逡巡する冒険者の顔を覗き込み、ひっそりと言う。

 

「別にヤバイ仕事ってわけじゃない。正式なギルドクエストだしね。クエストの内容は、お祭りの手伝いさ。それで30万ゴルトだよ。依頼人は大金持ちの人らしいから道楽の様なもんじゃないかな?寂しい懐事情も解消されるし、胸躍らせる様な冒険もできる! 悪い話じゃないとおもうけどな~」

どう考えてもあやしいクエストなのは間違いなさそうだが、はっきりと断れない自分がいる。今の懐事情はお世辞にも裕福とは言い難く、むしろ先日から旅支度に資金を費やして素寒貧に近い。
だけど、仕事の内容も実に曖昧で、仕事を持ってきた男は更に怪しいときている。常識的に考えれば、断るべきであろう。

 

「オレが仲介になって一生懸命探してるわけなのよね。大丈夫!心配ない!よし、賭けよう!キミの人生がよくなる方に1万ゴルトだ!どうだい?受けて損はないぜ!」

色んな御託を並べてる怪しい男の言葉を鵜呑みに出来るわけがない・・

だがしかし――背に腹は変えられない。

お金がなければ装備も整えられないし、携行食も保存食も水も買えないし、行き着いた先で宿に泊まることだってできないのだ。昔読んだ物語のひとつの中でもそうだ。勇者だって、人様の家の中のタンスを漁ったり、道端の壺を割ったりしていたくらいだ。少し怪しいクエストがなんだ。目の前の男が怪しいからってなんだ。どんな英傑だって、お金がなければ旅はできないのは当然のことだろう。

そう自分に言い聞かせて――冒険者は長い逡巡の果て、苦脳の色を滲ませながら、ゆっくりと頷いた。

 

「――……そうか! やってくれるか! 君なら引き受けてくれると思ったよ!やっぱりオレの目に狂いはなかった! いやぁ、良かった良かった。これでノルマが一人達成できた。それじゃあ、これプレゼントね。詳しい話は此処で」
そういって男が手渡してきたのは、小さな紙切れだ。疑わしげに男を見据えながら、冒険者はそっと紙切れを窺い見る。紙には走り書きの地図があった。

 

「その地図の場所に行って――キッキレキ・ハルバルズから紹介されたって言えばいい。そうすれば、話が通るように手配してあるからね。嘘だと思うかい? オレは冗談は言うがウソはつかないタイプさ」
矢継ぎ早に言葉を発した――キッキレキは、まるでもう用はないといわんばかりに、

「それじゃあ、頼んだよ。必ずそこに行ってよね~。幸運を祈るよ!」
そういって雑踏の中へと踏み込んでいった。

 

「ああ、そこのキミ! ちょっと待ってえぇぇぇぇ……――」

また誰かを見つけたのか、遠くの方で大声を上げながら走り出している姿が見えた。

残された冒険者は、暫く棒立ちのまま男の消えた彼方へと視線を送り――やがて諦めと共に溜息を零し、歩き出した。

 

「とりあえず、明日行ってみるか」

 

 

◇◇◇

交易産業都市ディアマールの商業区にある小さなパン屋〈レーツェル〉昨日の怪しい男キッキレキからもらった地図に書いてあった住所だ。
改めて、手元の地図を確認する。間違いなく此処だった。しかし、此処はパン屋だ。ギルドではない。一体どうやってクエストを受けろと言うのか?騙されたか。担がれたか。それとも、試されているのか。

そんな不穏な空気が流れながらも、目の前にあるパン屋に客がいないのを見計らい店内に入る。

――きぃぃ……。

冒険者は扉を開けた。
店の奥から「いらっしゃいませ~!」と元気のある、それでいて柔らかい印象の声と共にぱたぱたと女性が受付カウンターにやってきた。

 

「いらっしゃいませ!レーツェルにようこそ。今日は意外と売れ残っちゃってるのでたくさん買ってくださいね。お薦めは・・・全部です!」

・・・見た目の雰囲気と違い、商売っ気が強い女性だったのに少しびっくりしながらも軽く会釈を返し要件を伝える。

 

「あの、キッキレキ・ハルバルズという人からの紹介で・・」

「あーキッキさんの紹介なんですね? では・・ちょっと待っててくださいね~」
そう言って女性は店の奥に姿を消した。

店内を見渡すと定番のバゲットに甘いディニッシュ。子供連れで来るお客さんを意識してか、帝都で人気のキャラクターを模したパンなどもあれば、クルミを練り込んだ素朴なパン等々が綺麗に並んでいる――種類は豊富。<ミームのお薦め>と書かれたポップには先ほどの女性らしきイラストが描かれている。

そうこうしていると、店の奥からミームが何かを持ってきた。

 

「はい。お待たせしました~ペケラン岩塩の塩パン一つです!」

一瞬、冗談か何かかと思ったのだが、どうやら冗談でもなんでもない表情だ。

 

「いや、クエストを受けにですね・・・」

そんな冒険者の言葉に疑問の表情を浮かべる女性。

「ペケラン岩塩の塩パン一つ、250ゴルトです!」
と先ほどと同じセリフに満面の笑顔をプラスしてパンを差し出してきた。

「あ、買わなきゃ話が進まないやつですね・・」
そういって冒険者は泣く泣く、財布から数少ない硬貨を差し出して、女性から塩パンを受け取る。

 

「 有難うございます!頑張ってくださいね~!」と笑顔を振り撒いた。釈然としないままパンを受け取りつつ、しかしこれが一体何だというだろうと首を傾げる。そして包み紙を覗き見て――ああ、と納得する。
包み紙が、そのままクエスト内容の書かれた紙となっていたのだ。よくもまあ凝ったことをするなぁと感心と呆れが丁度等分な気持ちでパン屋のミームを見れば、彼女はにっこりと笑いながらこう言った。

 

「旅支度するなら、ウチのお店で〈固いパン〉を買っていくことをお勧めしますよ。お値段は安め。味はそこそこ。日持ちもしますから、是非どうぞ!」と言って、一袋分の〈固いパン〉をカウンターに置いて見せる。

これも何かクエストに関係があるモノかと思い、自分の財布のから小銭を出す。
冒険者は〈固いパン〉を一袋分受け取り、中に入った紙を取り出し開いてみる。

<パンはパンでも八百屋さんで売ってるパンはなんだ?>

「???」
紙に書かれた突然のなぞなぞに驚きながらもその答えを真剣に考える。

 

「答え、わかりましたか?意外と難しいですよね。ちなみに答えは後ろに書いてます~」

直ぐに裏を確認したが、それと同時に次の質問が出る。

 

「これ、クエストとなにか関係があるんですか?」

「いえ、関係ないですよ!これは私が謎解きが好きだからやってるんです。面白かったでしょ!」

彼女の表情は至ってまじめで、悪戯心や悪気が一切ない。そう、ミームは天然なのだということに今気が付いた。

「あ、ちなみにですが私はキッキレキさんのクエスト受付の手伝いをしているだけで、その依頼についてはよく知らないですので~」

 

「あ、ありがとう。じゃあまた来ます・・」
若干、顔を引きつらせながら冒険者は店を後にした。

外に出て、ふと気がつけばすっかり夕暮れ時。

 

「ちょっと早いけど酒でも飲みに行こうかな」

 

 

冒険者はそういっていつものように酒場へ行くのであった____。

 

 

 

 

 

 

 

第4話 怪しい男と天然のパン屋 前編  完

 

 

原案 Aoi shirasame

編集 Esta