Short Story

――戦争とは何か。

という疑問を抱くものは少なくない。

しかし実際のところ、戦争とは何かという問いに対する答えはある――外交手段だ。
そしてその多くは経済効果を目的としており、戦争とは経済効果の副産物であり、闘争は妥協不可能な交渉の失敗による帰結となる。
その戦いは、妥協不可能な没交渉故に起きた闘争であり、そして侵略でもあった――いや、殲滅……というのが正しいだろう。

 

――ディアガルド王国

 

帝国建国後、竜信仰が禁忌とされている中でも多くの竜信仰者が暮らし、彼らが持つ高度な魔法の力によって、帝国と肩を並べられる数少ない国だった。
しかし帝国が幾度となく繰り広げた闘争の果てに多数の国を吸収し、急速に巨大化していくことを危惧し、また同時に如何に技術の発展が人類にとっての発展に繋がるとはいえ、そのために推し進められる自然破壊に異を唱えていたことで両国の関係は不安定化し、以前より竜信仰者が多いことを問題視していた帝国側から彼らの排斥を要求され、これを拒否したことにより戦端は開かれることとなったのである。

 

――そして。

 

炎が揺れ、破壊の音が響き渡る。
怒号が飛び交い、悲鳴と悲嘆の声が轟き、断末魔の声が各地で上がっていく。
刃が閃き、矢と銃弾が飛び交い、数多の骸を築いていく惨状。
多くの国を吸収し、広大な領土と兵力を有する帝国相手では、戦力は圧倒的に不利だ。

如何に高度な魔法の力を持つディアガルドとはいえ、それは伝説や伝承に記されるような【攻撃魔法】があるわけではなく、他国に比べて強力な【補助魔法】を扱える術者が多数いる――というだけに過ぎない。
それでも、ディアガルドは勇猛で知られる兵士が多くいた。彼らと魔法使いの連携を以てすれば、如何に優れたガジェット兵器を有する帝国の兵たちであっても十分に対抗することが出来たはずだが――その予想は裏切られることとなる。

 

魔銅兵団――

人間の兵士たちに代わり戦いの最前線に配備された機械仕掛けの兵隊たちは、攻撃を受けようと歩みを止めることはなく、ディアガルドの兵を、騎士を、民を、街を蹂躙していったのである。
王国の終焉は目前に迫り、疲弊した騎士たちと彼らを率いる王の最後も間近とされていた。

しかし、此処で王国は最後の抵抗に出た。

 

【竜の秘薬】

 

ディアガルド王国に遥か昔から伝わる秘宝を、彼らは開放したのである。
【竜の秘薬】なる代物がどのようなものなのか、その実態を知ることはなかったが、それは「竜」に関わる何かの薬であり、それを摂取することで服用者は人の域を超えた力を自分の命と引き換えに一時的に得ることができる物なのだという。
その話の真偽は不明――しかし、その話を信じざるを得ない事態が、実際に起きたのだ。

【竜の秘薬】を使用した兵士は、それまで帝国が優勢であったのが嘘だと思うほどの結果を齎した。
帝国の新戦力であった魔銅兵たちは、瞬く間に鉄屑へと変わり、魔銅兵を率いていた帝国兵団は指揮系統を破壊され、敗走することを余儀なくされたのである。

これに慌てたのは、帝国軍の上層部――即ち帝国軍を皇帝から預かる将軍たちである。
ディアガルドとの戦いで敗走の報を受けた将軍たち――特に陸軍統括を任されていたガガイギア将軍と、魔銅兵を始めとした兵器開発統括のダントン将軍は動かせるだけの兵力を集結させ、急ぎディアガルドに派兵を決定し、両名揃ってディアガルドへ向かったほどである。

しかし両将軍の到着を心待ちにしているはずの、

指揮官を失い、敗走し、混乱する帝国兵の姿など、どこにもなかった。

血の海に沈み、物言わぬ屍と化したディアガルド兵。
――そして、その屍の上に立つ、黒衣に身を包んだ仮面の兵隊。よく見れば、彼らの腕には帝国の紋章が刻まれた腕章が付けられており、彼らが帝国に属する兵であることが判った。

 

いや、重要なのは其処ではない。

そう、問題なのは其処ではない。

その、黒衣に身を包んだ仮面の集団__その先頭。そこに佇む銀髪の人物の手にする剣が貫く、その相手。

全身に走る無数の刀傷から血を流し、心臓を貫かれ、苦悶の表情のまま絶命しているのは、ディアガルド王その人である。
勇名轟くディアガルドの王を、その仮面の兵士はさほど苦労もなかった様子で討ち取っただけではなく、相手のことになどまるで興味がないといった様子で剣を引き抜くと、倒れた王の亡骸には目もくれずに、超然とした足運びで王の死に言葉を失い立ち尽くすディアガルド兵に向け――

 

「――ひれ伏せ」

 

そう、手を翳し言い放った。

途端、ディアガルド兵たちはまるで不可視の巨大な手で叩き伏せられたかのように、一斉に膝を崩して地面に倒れたのである。何が起きたのか理解できずとも、必死の形相で立ち上がろうと試みている兵士たち――しかし見えざる圧力に抗うこともできずに、彼らは苦し気に声を上げることしか出来なかった。
そんなディアガルド兵に対し、手を翳していた銀髪の仮面は感情のない声で、同じ黒衣の仮面たちに告げる。

「――排除しろ」

その言葉と同時に仮面の者たちが一斉に動き出し、倒れたまま動けない兵士たちへと近づいていく。そして躊躇なく彼らの命を奪う。

王を失い、最後の戦力さえ失ったディアガルド王都は陥落。

多くの国民と兵士――そして王を失ったディアガルド王国は、事実上消滅することとなったのである。

 

しかし駆け付けた帝国将軍たちですら、この様子と結果には言葉を失ったほどである。
何よりも仮面の一団が齎した戦果は想像を絶するものだった。
導入された魔銅兵の大半を破壊し、帝国兵団に多大な被害を齎した【竜の秘薬】を飲んで力を増したディアガルド兵を、僅か100名にも満たない小規模の部隊で返り討ちにしたのだから、その凄まじさは語るまでもない。

彼らについての情報は、その時点ではほぼ不明とされた。のちに判ったことは僅か。
彼ら仮面の兵隊は、皇帝ルドラによって選出された暗殺特殊部隊・魔人兵<アニマ>だったという――それだけだった。

 

 

†††

 

懐かしい記憶だ。
と、いうより忌々しい記憶だ。
成果を得たつもりがすべてをひっくり返され、挙句後から現れた素性の知れぬ連中に功績を奪われた日の記憶だ。
忘れていた記憶。
思い出すこともなかった記憶。
しかし、どうして今ごろになってそれを思い出す?

 

 

――ゴゥンゴゥンゴゥン

――ゴゥンゴゥンゴゥン

 

 

機械の脈動する音がする。
蒸気を排出する音がする。
その音が、俺様の思考の没入から現実に引き戻した。
響き渡る超蒸気機関の活動音。帝国建国よりこの国を支える永久機関の音は赤子の頃から聞きなれた音のはずなのに、どうしてか今日はやたら耳に障った。

 

「ああ、まったく鬱陶しい音だ。俺様の崇高な作業に水を差しやがる」
誰にともなく小言を零し――そして目の前の組み立てている機械仕掛けの人型を見上げる。

「まったく。この新型の魔銅兵もようやく形になってきたというのに……」

俺様が培ってきた知識と経験の結晶。まさに栄光の象徴。
そして今開発しているのは、これまで作った魔銅兵のどの種類とも違う個体だ。これまで幾つもの種類《ヴァージョン》を用意し、その都度に成果を上げてきた。

当たり前だ、この俺様が作った兵器に不可能などないのだ。

その証拠に、俺様はこの帝国の軍事を担う将軍にまで昇り詰めることができた。
だが、この地位も盤石とはいい難いのは確かだ。帝国は徹底した実力主義であり、何よりも結果を重視する国であり、組織である。権謀術数が飛び交い謀略蠢く内政で、現在の地位を絶対にするためには、他の将軍どもを圧倒するような絶対的成果が必要だ。
この魔銅兵は、そのための新兵器。これさえ完成すれば、ほかの将軍たちよりもこの俺様――ダントン様こそが、この帝国で最も優れた人間であることを証明することができるのだ。

 

「だというのに……ぐぬぬぬぬぬ!

このところ事務仕事が押しに押していて、まったく開発作業に着手することができずにいたのだ。これはおそらく、この俺様の天才性を羨むほかの将軍たちに妨害工作に間違いない!しかし!この天才である俺様にかかれば、たかが書類仕事など恐るに足らんというもの。いささか量が多かったために処理に手間取ったが、見事に片づけることに成功したのが先日のことだ。
そうして立ちはだかった書類仕事という雑務を終えた俺様は、こうしてこの作業部屋兼執務室に引き籠って魔銅兵開発に没頭することに成功したのである。
それが、えーと……何日前の話だ? 時計を見ても時間しか判らんし、窓のないこの部屋では今が昼なのか夜なのかも曖昧だ。確認の意味と気分転換に、一度外に出るべきか……などと、俺様が考えた時である。

 

「ダントン様、失礼しますでアリマス!」
「ダントン様、失礼するのであーる!」

狙い澄ましたかのように表れた闖入者たちの声。ああ、なんだか久々に聞いた気がする部下の声だ――が、俺様にとってその来訪はまったく歓迎できるものではなかった。

「やかましいわ、この凸凹コンビ! 俺様は今、『ダントン様栄光の歴史の1ページ』を刻むための崇高にして偉大な作業の真っただ中だと言っておいただろうが!それを邪魔しに来るとは何事だ!」
如何に理智的で理性と真摯さを兼ね揃えた俺様といえど、開発作業の邪魔をされれば怒りもするのだぞ?
しかしやって来た部下二人――

いつも何かしら食べ物を抱えて歩く長身のミクルフ――スルトン。

些細な用向きにさえ報酬を求めるドワーフ――クルトン。

コイツらの本当の名前は呼びづらかったから代わりに俺様が素晴らしい名前を付けてやった。

そんな二人は姿勢を正して敬礼をしつつお互いを見やり、暫し逡巡して眉尻を下げたのち――

「それは判っているのでアリマスが――」
「――こればっかりは仕方がないのである」
「お前たち二人で話を進めるな、何をしに来たんだお前たちは。下らん理由だったら減俸じゃすまさんぞ」
「ボクはくだらなくはないと思うのでアリマス」
「ワシはくだらなくはないと思うのである」
「お前ら……その無駄に息の合ったところを見せるのはもういいから、さっさとしろ」

かわいい部下の話を聞くのも良き上司というものだ。そう自分に言い聞かせて、俺様は二人に続きを促した。面倒ごとはさっさと片づけるに限る。

「では、ご報告するのでアリマス」
ガガイギア将軍と――」
ファルフォード将軍から魔銅兵を用意するようにとのご依頼がきているのである」
「これが両名からの申請書類なのでアリマス」

二人の言葉に、俺様は「なんだ、またか」とため息を零す。
差し出された書類を奪い取るようにして受け取ると、素早く内容に目を通した。

「……ふん。新たな飛行路の開発と、反乱勢力に対抗するための戦力増強――か。いつも似たような内容の書類しか送ってこない連中だな。まったく面白みもない、いつも通りの催促ではないか。俺様の時間を割くような内容ではないだろう。というかスルトン! 貴様また甘いものを食べた手で書類に触ったな! 紙がべったべたではないか!」

「うう……ごめんなさいでアリマス」
背が高いわりにやたら小心者なスルトンは、俺様が怒鳴ると直ぐにその場で縮こまってしまう。
そして、

「ダントン様」
「なんだ、クルトン」
「いやぁ……何と言いますか、報告書をお持ちしましたので、その分給金に上乗せをお願い出来ないものかと――」
「ド阿呆! こんなものは職務内容に含まれているに決まっているだろうが! 些事の一つ一つに別途報酬を求めるなと何度言わせれば判る!」
「ふはは。申し訳ないのである。これも性分というものでなのである」
そういって、クルトンは両手をすり合わせながら苦笑いを浮かべた。

「まったく、もういい! お前たちにいちいち説教する時間がもったいない……。
――スルトン。とっとと工場(ファクトリー)に指示を出して魔銅兵の製造を開始させろ。
――クルトン。お前は連中に返事の電報を送っておけ。製造が完了し次第お送りする――とな」
言いながら俺様は書類にペンを走らせ署名をし、スルトンに差し出し椅子に背中を深く沈めた。書類を受け取ったスルトンは「了解なのでアリマス」と応じ、クルトンも「了解したのである」と頷き踵を返し――そこでふと足を止め再度ダントンを振り返る。

 

「そういえば、ダントン様。例の件はどうするでアリマスか? ご指示通り、出撃準備は進めているでアリマス」
「ご命令さえあれば、いつでも出撃可能なのである」
「お前たちは本当に上官に対しての口の利き方がなっていないな。まあ、今に始まったことではないが……しかし、例の件か」

――例の件、というのが何を指しているのか、俺様の明晰な頭脳はすぐに理解し――同時に苦悩する。

 

脳裏に過るのは、先日のルドラ皇帝によって召集された日のことである。

 

†††

 

その場に集っていた面々は、錚々たる歴々――という言葉に相応しい集いだった。

 

帝国軍兵統括――ガガイギア・ムーア

兵器開発統括――ダントン・オラプナー

参術研究統括――シュボガッハ・ジャンケ

陸海空機開発総括――ファルフォード・キジャ

帝国管轄領建造部統括――オードリン&リングラン

 

帝国の軍事を担う<帝国五将軍>たちが一堂に会する機会は稀であるし、たとえ誰かが声を挙げてもその声に応える者などいない。

元々に個々の我が強い上、お互いに権力争いを水面下で行っているような相手と、仲良く懇談をするようなことはまずないだろう。
しかし、今回に限ってはその限りではない。

理由は明白。
彼らを呼び出したのは、彼らの主。この帝国の絶対なる存在。

即ち、帝国皇帝――ルドラ15世である。

流石に我が道を貫く<帝国五将軍>とは言え、主命に逆らうような者はない。彼らは皇帝の臣下。皇帝に忠誠を誓う者たちである。
厳格な武人であるガガイギア将軍は元より、奔放で知られるダントン将軍ですら、この場には遅れずにやって来ている。

かつては戦場の最前線で自ら剣を取り、多くの敵を葬ってきたルドラ15世だが、10年以上前に戦線を去った。以降は帝都にて施政に注力していたが、この数年はそれも控えるようになっており、玉座にいることも少なくなっていた。一部ではお隠れになるのも近いのではないかとすら囁かれていたほどだ。
しかし久しぶりに姿を現したルドラ15世の姿からは、そのような雰囲気は微塵も感じられない。確かに姿は異様に老いたように窺えなくもないが、深い皴が刻まれたその尊顔と鋭い双眸から滲み出る覇気は微塵も揺らいでいない。

ルドラ15世の召集はさほど特別なものではなかった。各将軍に近況の確認と、僅かばかりの指示が与えられていくだけ。
このような些事のためだけに、態々皇帝が将軍凡てを招集するのだろうか? という疑問を誰もが思った時である。

「――お前たちに、紹介する者がいる」
そう言ってルドラ15世が片手を上げると、謁見の間の扉が開かれ――

――かつん。かつん。かつん。

硬い床を叩く軍用ブーツの音を響かせて、その人物は姿を現す。
全身を包み込む漆黒と、隋書を守るように備わった白銀の肩甲冑。

星の色に染まったかのような銀色の髪を揺らし――その間から覗く怜悧な双眸がその場に並ぶ将軍たちを射抜く。
現れたのは美しく、しかし冷然とした女だった。

だが、その身に纏う空気は歴戦の武人のそれである。

控えていた各将軍麾下の兵たちには首を傾げる者が多かった。しかしガガイギア将軍は目を丸くし、ダントン将軍は苦虫を噛み潰したように表情を顰める。ほかの将軍たちの反応もあまり好意的は言い難く、それぞれが渋い表情を浮かべていた。
彼らの反応に対して、しかし召喚された女は眉一つ動かさずに玉座の前までやってきて、そのまま膝ついて臣下の礼を取る。
ルドラ15世は頷くことでそれに応じ、居並ぶ将軍たちを一瞥した。

「この者は、ザラキエル。貴君らの中には見覚えのある者もいるだろう。10年前の戦でも活躍した者だからな。以降も、我が勅命を以て各地で起きる帝国への反乱鎮圧を始めとした特務を任せてきた――そして此度、この者を六人目の将軍として任命することとした」

途端、玉座の間がどよめいた。

将軍たちは揃って顔を顰める。

その様子を見下ろすルドラ15世の表情は不変。そして、将軍に任じられたザラキエルの表情もまた、凪いだ湖面のように静かなものだった。

その様子が、遠巻きに成り行きを見ていた兵士たちは面白くなかったのか、「まだ若いぞ?」「顔がいいだけの女だろ?」などと、少なからず陰口のようなものが囁かれる。皇帝の御前でよくもまあそのような不遜な態度が取れる者がいたものだと眉を顰める中で、ガガイギア将軍が注意せんと口を開こうとした――その時である。

ザラキエルの視線が、ゆっくりと動いた。
怜悧な――凍り付くような眼差しが、囁いた兵士たちへと向けられる。途端、兵士の間から苦悶の声が上がった。

周囲が騒然となり、兵士たちが隊列を乱す中――

ザラキエルの視線の先にいた数名の兵士が、零れんばかりに目を見開き、口から泡を吐きながら胸元を抑えてその場に崩れ落ちていく。

何も知らない兵士たちは混乱し、倒れる兵に手を差し伸べる中、何が起きたのかを察した将軍たちの視線は一点へと注がれた。彼らの視線の先には、やはり静か――あるいは冷たい表情で兵士を見るザラキエルの姿があった。

「――貴様……どういうつもりだ?」
佩いた剣の柄に手を添えながら、ガガイギア将軍は殺気の籠った声でザラキエルに尋ねる。しかし彼女の返答は「別に」という、あまりに簡素で短いものだった。そして、

「――耳障りだった」
この返答を前に、納得のいく者などいないだろう。ぎりっ……と、相対するガガイギア将軍の奥歯が砕けんばかりに噛み締められる音が、玉座の間に響き渡ったようにすら感じられた。にらみ合う二人の様子に、先程はまた異なる意味で、玉座の間が緊張に包まれる中で――

「――よせ」

ルドラ15世の皇帝の覇気を纏った静止の声が降る。

途端、ガガイギア将軍は抜き掛けていた剣を収め、その場で膝をついた。ザラキエルもルドラ15世を振り返り、僅かに頭を下げる。

即応する二人の間に立ち込めていた闘志は鳴りを潜めた。そのことを感じ取ったほかの将軍や兵士たちは、知らぬうちに安堵の息を吐く中で、ルドラ15世だけは口の端を持ち上げていた。
兵たちの間に広がっていた動揺も静まり返った頃、ルドラ15世は笑みを浮かべていた口を開いた。

「では。これで<帝国六将軍>が誕生した。まずはそのことを祝おう。そして、ひとつその新将軍に任務を与えるとしよう」
ルドラ15世のその言葉に、自然と将軍たちの視線はザラキエルに注がれた。彼女は周囲から向けられる視線など気づいていないかのように、じっとルドラ15世を見上げて皇帝の言葉の続きを静かに待っている。

「――メディナヘイム」
その名が口にされた途端、三度目のざわめきが玉座の間に広がった。今回の召集は驚きの連続であることは確かに認めざるを得ないが――しかしそれは帝国兵にあらざる姿。いい加減にしろという意味を込めて、ガガイギア将軍が鋭い視線を兵たちに向け、兵士たちは口を閉じて佇まいを正した。
最も、部屋の主であるルドラ15世は気に留めた様子もなく、何事もなかったように話を続けた。

「名だけならば、この場にいる誰もが知っているだろうエルフたちの隠れ里だ。長年、その所在は不明のままだったが……漸くその正確な位置が判明した。
よってルドラ15世の名においてメディナヘイムへの派兵を決定した。そしてその任には、ザラキエル将軍――貴君に任せたいと思う」
「拝命いたし――」
ルドラ15世が、将軍たちを見まわしたのち、ザラキエル将軍へ訊ねた。彼女は表情を変えず、ただ真っすぐルドラ15世を見上げ、拝命の意を示そうとした――その時である。

「――お、恐れながら!」
彼女の返答を遮るように、声が割って入る。
その場にいた誰もが、その声の主を見た。これまで周囲に意識を向けることのなかったザラキエル将軍も、これにはわずかに眉を顰め――そして、彼を見た。
ダントン将軍が傅いたままに顔を上げ、ルドラ15世を見据えていた。

「勝手な発言を致しましたこと、お詫び申し上げます。そのうえで、一つ進言させていただきたい――その任務、どうかこの私に命じ頂けないでしょうか。
エルフの隠れ里。そこは言うなれば魔法使いの巣窟にございます。特にエルフたちは生粋の竜信者。市制に出回っている魔法などより上位の力を持つ者も少なくないことでしょう。となれば――如何に一騎当千なザラキエル将軍と、特殊部隊を率いているとは言え、奴らの魔法が相手では苦戦は必須と思われます。しかし私の魔銅兵団ならば、エルフの魔法による妨害も通用しません。また、只今開発いたしております新型の魔銅兵の運用試験を行うには、打ってつけの相手と想定致しますところ!
被害を最小限に抑え、最大の戦果を得る――そのためにもどうか、我が魔銅兵団の派兵を進言致します」
「……出不精の貴君が自ら出向くか?」
ルドラ15世の皮肉に、ダントン将軍は苦笑する。

「陛下。必要とあらば、私自ら戦場に足を運ぶこともやぶさかではございませんとも」
魔銅兵は基本的には自動命令(リモート)で運用可能だ。しかし大規模な集団戦闘などを行う際は、細かな軍事的采配がつぶさに求められる。戦況を見極め、状況に応じた指令を送る必要がある点は、人間の軍隊と凡その差はない。そして大量の魔銅兵相手に指示を瞬時に送るには、相応の知識と技術が求められる。
よって大きな戦いの場には、ダントン将軍が赴いて魔銅兵を操る――それ故に、彼は将軍位を頂戴しているのだ。
そのため、領土制圧にダントン将軍自身が向かうことは可笑しなことではないのである。

「そしてもう一つ、ご提案がございます――陛下」
「言ってみよ」
「私が其方の任務に就く代案として、ザラキエル将軍には、ドワーフたちの街――地下炭鉱都市ムードリアスへの視察へ向かう――などは如何でしょうか?」
言いながら、ダントン将軍はザラキエル将軍へ視線を向ける。

「……見たところ、ザラキエル将軍はガジェット武装をお持ちではないご様子。開発部で将軍専用の装備を用意するには時間が掛かりますし、かといって凡庸型ガジェットでは役不足……となれば、この大陸でも腕利きの職人が揃うあの街で見繕う――というのも一考の価値あると思います。先日、ムードリアスのドワーフから新型のガジェットが開発されたと知らせもありましたし――如何でしょう?」
「――なるほど」
ダントン将軍の提案を受け、ルドラ15世は僅かに目を閉じ思案する。そして――

「――よかろう。メディナヘイムの制圧は、ダントン将軍に任命する。ならび、ザラキエル将軍にはムードリアスへ視察任務を命ずるとしよう」
「――承知」
「ははっ、ありがたき幸せにございます!」
ルドラ15世の言葉に、ザラキエル将軍とダントン将軍はそれぞれの返事で応じる。そしてその言葉を最後に、ルドラ15世は玉座から立ち上がる。そしてもはやこの場に用はないと告げるかの如く羽織(マント)の裾を翻して玉座の間を後にしたのだった。

 

†††

 

 

「――まさかあの時の黒衣の一人が、将軍位を頂戴するとはな……」

ディアガルド王国との戦争。

その最終局面で何処からともなくやってきた黒衣の集団。その先頭に立っていたあの銀髪の仮面が、おそらくあのザラキエルという女だ。
顔は知らなかったが、あの目だけは忘れない。
あれはすべてに飽いた目だ。
この世の何物にも興味を持たず、関心を抱かず、意に介さず――それでいて、あらゆるすべてを例外なく射貫き、息の根を止める鑓のような眼光。
戦場の中で初めて邂逅した時、全身が粟立つほどの怖気を感じたくらいだ。二度と会いたくないと思い、そして忘れていた記憶だったが……忌々しい! 今更になって再び俺様の前に現れるなど、どんな運命の巡り合わせだ。

「まったく忌々しい存在が増えたではないか! この俺様の輝かしい将来の邪魔をするやつなど、どいつもこいつもいなくなってしまえば良いというのに」
どかりと執務机の上に足を乗せて愚痴を零したところで、勿論状況が変わるわけではない。
どうにかもっともらしい理由をつけて、メディナヘイム制圧作戦を横から奪い取ることができたのだ。これを何としてでも成功させねば、きっとあの女が俺様に代わってメディナヘイムへ派兵されるのは火を見るより明らかだった。

「それにして……一体何者だ。あの女も、あの女が率いる特殊部隊・魔人兵(アニマ)とやらも!!」

試しに調べてみてが、個人情報(プロフィール)の殆どが白紙。出身地も経歴も一切が不明という、通常ならば有り得ない有様だったのだ。
本来ならば有り得ないその事実に、俺様は怒りを覚えたのと同時に背筋が凍ったような気分だった。
つまりは、あのザラキエルとその部隊を構成する魔人兵(アニマ)とやらは、徹底的に情報規制がされているということだ。
それが誰の指示であるかなど、よほどの阿呆でない限り想像はつく。
それにあの魔法……シュボガッハの爺達にそれとなく聞いてみたが、あんな魔法は今のところ見つかっていない――なら、奴はどうやってあの魔法を?
俺様の疑問は尽きなかった。
思い返せば――そう。ディアガルドとの戦争の最中、突如戦場に姿を現した時から、あの女――ザラキエルはあの頃からすでに、ルーンの詠唱もなく、魔法を発現させている。
しかも、扱っているのは現代に普及しているような魔法などではない何かだ。
あれは魔法なのか?どういう仕組みで、どういうわけであの女はそれを扱うことができる・・・・。
未知の力・・・そんなものを持っている奴は、俺様の記憶の中でもただ一人だけだ。
そう考えた――考えてしまった瞬間、俺様は自分でも信じられない可能性に気づいてしまった。

「――まさか。……いいや、そんなはずはない。だが、だとすればすべての納得がいく」
俺様の天才的な頭脳が不意に導き出したある可能性に、俺様は頭を抱えた。
そんな俺様の様子を見て不思議に思ったのだろう。部下二人は顔を見合わせて首を傾げ――

「あー、ダントン様?」
「どうかしたのであるか?」
と訪ねてくる二人に、俺様は深い溜息を吐いて見せ、

「――スルトン。クルトン。出撃の準備を進めろ。完了し次第、俺様たちは急ぎメディナヘイムへと向かう。いいな?」
「は?」
「ほ?」
俺様の指示に、二人は間抜けな声を上げた。俺様はそんな二人を鋭く睨みつけて、

「い・い・な! 急ぎ準備しろ!」
そう、語気を強めて返事を促す。

「りょ、了解なのでアリマス!」
「了解なのであーる!」
二人は飛び上がりながらも返事を上げ、逃げ出すようにして俺様の執務室を後にした。
二人が去った出入り口を暫く睨みつけて――やがて俺様は踵を返し、開発途中の新型魔銅兵の元へ向かう。

「――はっ。いいだろう。俺様の地位を脅かす可能性があるのならば、どんな手段を使ってでも排除してやる。ザラキエルも、ほかの将軍も、現皇帝であろうとな。俺様にはそれができる! この天才たる俺様に、不可能などないのだ!フハハハハハハ!!」
まずはメディナヘイムの制圧作戦。

これを圧倒的に、絶対的に、究極的に完遂してやろうじゃあないか。

そしてその成果を足掛かりにより俺様の立場を盤石なものとし――いずれやってくるであろう帝位争奪の争いも乗り越えて、この帝国に君臨してやろう。

 

「待っていろよ~エルフども。お前たちの安寧も最早此処までだ。せいぜい俺様の輝かしい未来のための礎になることを、光栄に思うがいい!」

 

 

 

 

第8話 傀儡(かいらい)  完

 

 

 

執筆    Aoi shirasame

原案・編集   Esta