Short Story

――地図を広げる。

木彫りの杯に並々と注がれた蜂蜜酒を呷り、皿に盛り付けられた料理に手を付けた。
溶けたバターの乗った蒸した芋のスライスと、香辛料で味付けした腸詰焼きを摘まみに、冒険者は新たに受けたクエスト内容を確認する。

 

ここは、モーデン地方の西側に位置する湖畔の街トゥルースの酒場、交易産業都市ディアマールを出てからはや一年半近く。大陸各地を歩き回り、様々なクエストを受けて冒険を繰り返し、気づけばギルドの冒険者ランクはCになっていた。荷袋の底に隠している財布の中も大分豊かになってきていて、そろそろガジェット武器が欲しいなぁ――なんて今後の行動方針を頭の片隅で考える。
と同時に、冒険者は荷物の中から少し古くなった依頼書を取り出した。そして地図を交互に見下ろし、溜め息を吐く。

 

――依頼書。

それはまだ冒険者になりたての頃に、怪しさ満点の男から受けた依頼(クエスト)だ。此処に来るまで色々なクエストを受けつつ、この依頼書の目的地であるエルフの隠れ里についての情報を探してはみたが……どういうわけか、それらしい里の情報は皆無に等しかった。

たまにそれらしい里の噂話を耳にし、その眉唾な情報を頼りに足を運んでみたりしたが、しかし結果は空振りばかり。

本当にこんな里が存在するのだろうかと、最近では懊悩を繰り返しっぱなしだ。報酬が良いし、旅費を仲介人たちから定期的にもらえるのでクエスト破棄こそしないものの、同じような依頼を受けている冒険者と情報交換しても、誰一人としてまともな情報は持っていなかったのだ。

完全に行き詰っていて、今後の方針もまともに立てられないクエストに、僅かに眉をひそめる冒険者の耳に、聞き覚えのある声が聞こえた。

 

「――まったくさぁ、アンタいつまでこんなクエストにこだわるんだい? 妖精の飲み薬なんて、本当にあるのかねぇ」「あるからクエストとしてギルドに認可されたんだろう。それに、まだ探していないエルフの里はあるだろ? 確か――」
メディナヘイム、だろ?」
「ああ、それだ! 流石はグリコ。文句を言う割にはしっかりと覚えているじゃないか」
「冒険者なんだ。必要な情報は嫌でも頭に叩き込むのは常識だろう?」
「ははっ、まったくだ」

――メディナヘイム、という言葉が聞こえてきたので、思わず視線を声の方へ向けた。思わず――とはいうが、だからと言って慌てて振り返るような間抜けはしない。あくまで酒を飲みながら、何気なく周囲を観察するように。

さて、今の話は何処のチームのだと観察する。が、其処まで神経を研ぎ澄ますほどのことはなかった。何せ先程の会話していたチームは、酒場に数十人といる冒険者たちの中でもひと際目立っていたからだ。

 

――タオ・ストラーダ
――グリコ・フォルゼ

 

冒険者をやっていれば、顔も名前も知らぬ者はまずいないと言っても過言ではないA級冒険者の二人だ。
タオとグリコは丸テーブルをはさんで対面しながら、ああでもないこうでもないと討論を繰り返していた。酒場特有の喧騒のせいで、彼らの会話のすべてが聞き取れるわけではなかったが、

「しかし、なかなか見つからないものだな。〝妖精の薬〟ってのは。サースヘイム、スノウヘイム、ウェイスヘイム、エスヘイム……メテロライタ地方のエルフの里の何処かにならあると思ったんだが……」
「そうさね。流石の私も、たかだか薬一つを探すのに東奔西走した挙句、無駄足を踏むことになるとは予想できなかったよ」
「俺はむしろ、この薬探しのクエストを受けているせいで、残り二つしかクエストを受けられないのが辛いな……ギルドめ、何故冒険者一人に対して受託可能な数が三つを上限としているんだ!」
「アンタみたいにやたらめったらにクエストを受けたがる奴がいるからだろ。アンタならまあ、全部こなせないこともないだろうけど、普通の冒険者が三つ以上受けるなんて、普通は許容量限界(キャパシティ・オーバー)さ」
「……そういうグリコも、限界までクエストを受けて同時進行し、その上しっかりこなしているだろう?」
「――仕事はきっちり、ってのが私の信条だからね。相棒がいちいち変なことに首を突っ込まければ、もう少し効率よく仕事がこなせるんだけどさ」
「それについては済まないと思っている。だからそのガジェット装備のための資金集めのクエスト、協力しただろう」
「それについては感謝してるよ。まあ、おかげさまで懐はすかっぴんだから、また稼がなきゃいけないわけだけど」
並々と注がれていた杯の中身を一気に煽り、グリコはテーブルに立て掛けていた機械仕掛けの武器――ガジェット武器を撫でて微笑する。

「これのおかげで、ジェイムズの抜けた戦力はだいぶ補えてるしね」
「ジェイムズか……まったく、今頃何処で何をしているんだろうな。まあ、便りがないのは無事な証拠だろうから、問題ないだろうが……」
「大丈夫だろ、死んでも死ななそうな男だから。今も何処かで女性に声を掛けてる姿が目に浮かぶさ」
「違いないな!」
彼らの会話を盗み聞き……じゃあなくて、立ち聞きしながら、冒険者は「ふむ」と一人依頼書を眺めて納得する。
このクエスト……とは関係ないようだな。でも、目的地が同じなのと彼らも難儀なクエストに参加していることはわかった。
ギルドのクエスト審査も雑だなぁと独り言ちながら、冒険者はほかに面白い話をしている同業者がいないか辺りを見回し――そこでふと、一人の冒険者に目が留まった。

……端的に言うなら、その冒険者は奇妙だった。
身なりだとか装備だとか、そういう外見的な意味ではない。どちらかといえば、見てくれよりも別の部分――具体的に言うなら、その冒険者はほかに誰も座っていないテーブル席を一人陣取り、一心不乱に銀匙(スプーン)を磨いていたのだ。

自分以外の同業者も、その冒険者の姿に奇異の眼差しを向けているが――当人は周囲の視線などお構いなしに、黙々と銀匙を手にして瞑目し、黙々と磨く作業に没頭している。
時間にすると5分以上はその作業を行っている様子だった。

なんだあれ? と思わず首を傾げる。すると――

「ははーん。あれは、ルーティンだな。あの冒険者は、ああやってスプーンを磨きながら瞑想することを日課かなにかにしているんだろうな」
いつの間にか自分の席の隣には、壮年の男が座っていた。彼は安酒入りの杯を片手に銀匙磨きの冒険者を眺めながら、そんなことを言う。
「注文をしてから、彼はわざわざ自分の荷物から銀匙を取り出して、決まった布と磨く方向や回数が規則的で、そういう部分も含めて、彼はスプーン磨きを自分の生活サイクルの一部に組み込んでいるんだろうな。なかなか面白いというか、変わった奴だな」
その語り口調を訊く限り、どうやら随分と前からあの冒険者を観察していたらしい。無精髭の生えた顎を撫でながら不敵に微笑み、こちらを見た。
男は「おや?」と瞬きを数度してから、「おお!」と感激した様子で奇声を上げた。

「見覚えがあると思ったら……アンタ、ディアマールの近隣の町の酒場で以前会ったな。あの時は田舎から出てきた若者って感じだったが……ははっ! しばらく見ないうちに随分と立派な形(ナリ)になったじゃあないか。一人前の冒険者って顔をしてるぜ」

男は――トーマス・ウェルは表情を綻ばせながらそう言った。自然と、冒険者の表情も綻び、彼との再会を喜んだ。

「俺との再会を喜んでくれるとは、嬉しいね。その喜びついでにこの空いた杯も満たしてくれるとなお嬉しいんだが?」

と、軽口を叩くトーマスに、冒険者は「相変わらずだな」と思いながら頷いて見せる。冒険者のその反応に、逆にトーマスが驚いた様子で目を丸くし――そして次の瞬間、彼は破顔した。

「ははっ! 冗談のつもりで言ったんだが、随分と気前のいいやつだな。嬉しいことを言ってくれる……なら、その懐の広さに甘えさせてもらうよ」 そう言って、トーマスは近くを通りかかった給仕に新しい酒を注文した。会うのは二度目だが、彼のその姿は実に〝らしい〟と思いつつ、これも何かの縁と思って、冒険者は訊ねてみることにした。

「……メディナヘイムの場所を知っているかだと? なるほど、お前もあの男のクエストを受けた口か」
給仕が運んできた酒を受け取りながら、トーマスは訳知り顔で口角を持ち上げる。

「なら、お前は運が良いな。俺もそのクエストにはある程度関わっていてね。こうして再会できたのも何かの縁だろう。特別に教えてやろう」
トーマスの言葉に、何気なく訊ねてみた冒険者は驚いてしまう。

「安心しろ。俺の持っている情報は、確かな筋で手に入れたものだ。その辺で聞けるような適当な噂話とはわけが違う」
そんな切り出しと共に、トーマスが仔細を口にしようとした時だった。
酒場の扉が、凄まじい勢いで開け放たれ、同時に「どけっ!」という怒号が次々と飛び込んでくる。武装した集団が、殺気立った様子で酒場の中を見回していた。
冒険者は咄嗟に腰に下げている武器に手を伸ばしたが、トーマスがそれを制した。「落ち着け、どうやら先約があるみたいだ」と言って視線を動かす。冒険者は彼の視線を負った。

 

見れば、酒場に入ってきた連中は、既に一人の冒険者を取り囲んでいる。
その相手は、あのスプーンを磨いていた冒険者だった。

 

 

◇◇◇

 

「貴様だな。うちの組織に殴り込んできた銃使いってのは……」
武装した集団の一人が問いかける。 すると、銃使いと呼ばれた冒険者は、閉じていた目を開けて彼らを一瞥し、小さく溜め息を吐いた。

「……ああ、昨日の木っ端集団の残党か。それはすまなかった。しかし、こっちも仕事だったのだよ」
淡々と語る銃使いの言葉に、剣呑な気配を濃くするのは武装集団である。

「何処のどいつがそんな依頼を出したのかも喋ってもらわなきゃな……悪いが、一緒に来てもらおうか、銃使い」
武装集団の一人がそう話を続けるが――対する銃使いはというと、最早話に興味がないのだろう。武装集団には目も向けず、黙然とスプーンを磨くことに集中していた。
その態度に、ギャラリーからは呆れる声が飛び交った。よくもまああの状況でスプーンを磨けるものだな、という反応が殆どで、それは冒険者も同じ気持ちだった。そしてそんな態度をされれば、誰だって怒るだろう。武装集団は総じて顔や額に青筋を浮かべて怒声を放つ。

「おい、無視するんじゃねぇ! とっととついて来いって――」
スプーンを磨き続ける冒険者の肩に武装集団の代表が掴みかかった途端、その冒険者は振り向きざまに拳を打ち放つ。 途端、拳が武装者の顔をしたたかに打ち据え、軽く弧を描きながら床に倒れた。

「俺は! 今! 夕餉の楽しみを! もうじき出来上がるふわとろオムレツを満喫するために! この愛用のスプーンを必死に磨いているんだぞ!俺の神聖な食前儀式の邪魔をするんじゃない!」
その訴えに、その場にいた誰もが言葉を失った。絶句したと言ってもいい。
酒場にいたほとんどの客が唖然として彼に視線を注ぐ中、殴られた武装集団たちはわなわなと肩を震わせて、彼に負けぬほどの怒りの声を上げた。

「あーくそっ! 完全にトサカに来たぞ、銃使い! 生きてこの町を出られるなんて思うなよ! お前たち、こいつを何が何でも連れて行くぞ! 腕の二、三本くらいならなくたって構わん! 落とし前をつけさせてやる!」
「おいおいおいおいおい、随分と物騒な科白を吐くじゃぁないか……」
毅然と対峙する一人の冒険者と、憤然とする武装集団の間に割って入るのは――A級冒険者タオ・ストラーダだった。

「しゃしゃり出てくるんじゃねぇ、外野は引っ込んでろ!」
「そうはいかないな。いきなり酒場に殴り込み、皆の憩いの時間を乱しただけではなく、自分たちの悪行を棚上げし、一人の冒険者をつるし上げようとする奴らを見過ごすなんてなぁ……俺の冒険者としての誇りが許さないんでな」 ――パキッ、と。構えた拳を鳴らしながら、タオは武装集団に凄みを効かせた。A級冒険者の持つ実力によるものなのか、ただの睨み一つで武装集団が一斉に慄いた。
そんなタオの振る舞いに、ギャラリーが沸いた。ただ一人、グリコだけが「まぁーた始まった」と頭を抱えている。
周りの様子に気圧されながら、しかし武装集団は引かなかった。周りの空気を跳ね除けるように怒声を上げ、リーダーらしき男が剣呑な表情で叫ぶ。

「ええい、ならお前も一緒にひねりつぶすだけだ!」
言うや否や、武装集団が動き出す。
たいして、タオは銃使いの隣に並び立って口を開いた。

「――というわけだ、加勢させてもらうぞ」
「誰とも知らないが、感謝する」
タオの申し出に目礼しながら、銃使いはタオと共に武装集団を迎え撃とうと銃を担いだ――その時だった。

「――おい、貴様ら」
新たな声が、彼らの間に割って入った。
今まさにことを構えようとしていたタオたちだけではなく、遠巻きに成り行きを見守り、こっそりとトトカルチョに興じ始めていた酒場の客たちまで、一斉に声の主を見た。
低く、重圧感のある声を上げたのは、この酒場の店主である。
厳つい体格の店主は、その厳つい体格に相応しい巌のような顔を顰めながら、一言彼らに発した。

 

「――店の中で騒ぐな、外でやれ」  と。

 

 

◇◇◇

店主の一声で武装集団とタオ――そして名も知らぬ銃使いの冒険者が店の外へ向かう中、銃使いがタオに耳打ちをした。

「手助けついでに一つ頼みがある。三分、時間を稼げ――それでケリがつく」
「なんだって?」
突然の言葉に振り返るタオだったが、其処にはもう銃使いの姿はなかった。ポリポリと頭を掻き、しかし先の言葉を信用してタオは店の外に出た。

「――……おい、奴はどうした?」
「さあな。まあ、気にするな。お前たちの相手くらい、俺一人で十分だ」
「……冒険者風情が調子に乗るなよ」
「そっくりそのままお返しするよ。町の中で粋がっているだけのゴロツキじゃあ、食事前の軽い運動にしかならないからな」
「この――」
「行くぞ!」
たった一度の挑発の応酬で顔を真っ赤にした武装集団に向け、タオは気迫と共に走り出し、瞬く間に武装集団たちの懐に飛び込んだ。一対多数の戦いにおいて敵の懐に飛び込むのは周囲を取り囲まれるリスクが発生するが、相手の武器はその多くが大振りになる両手武器やガジェット製の銃だ。ならば、敵陣の只中にいた方が、相手にも同士討ちというリスクを背負わせることができる――そういう判断での接敵だった。
相手側も、まさかいきなり飛び込んでくるとは思わなかったのだろう。
動揺する連中ににやりと不敵な微笑で応じながら、タオは集団の中でもとりわけ大柄な男へと肉薄し、ボディーブローを叩き込む。
拳を叩き込まれた男は大した抵抗も出来ずに身体をくの字に折り曲げ、呆気なく膝をついた。
途端に、武装集団に動揺が走る。そんな彼らを一瞥し、タオは「おいおい」と肩を竦めた。

「一人やられたくらいで驚きすぎだろう。まあ、威勢だけで戦い慣れしてないだろうなとは思ったんだが……これほどとはな」
呆れ交じりのタオの科白に、武装集団は言葉にならない怒声を上げて一斉にタオに殴りかかった。しかし、感情に任せ、連携も何もない出鱈目な攻撃など、A級の冒険者であるタオにとっては子供の癇癪も同然だった。
拳撃を受け止め、あるいは払い、叩き落し、腕を摑んで受け流す。
足を払い、顎を打ち据え、流した拳を別の相手へ当てて、ついでにと鼻っ柱を小突き、腹部を殴打する。
動きの一つ一つを連動させて、一つの動作で終わらせずに次の動作へと繋げて応酬を繰り返せば、二分を過ぎた頃には、タオの周辺で十人近い男たちが地面へ転がる結果となった。
残っていた武装集団は呆然と立ち尽くし、成り行きを見守っていた酒場の客――冒険者たちは、タオに向けて感嘆の声を零す。
立ち尽くしていた武装集団たちの殆どが絶句する中、リーダー格の男だけがわなわなと肩を震わせて声を上げた。

「ええい! 何をしている! その腰に吊ってる武器はお飾りじゃあねえだろ! とっとあの筋肉男を撃ち殺せ!」
リーダーの怒声に、残っていた面々が慌てて腰の収納からガジェット銃を抜き、銃口をタオへ向けた。

「筋肉男ってのは酷い言い草だな……さて、そろそろか」
タオはやれやれという風に肩を竦め、そしてちらりと視線を彼方へと向ける。
それとほぼ同時、凄まじい炸裂音が幾つか鳴り響いた。
一瞬、その場の誰もが息を呑んだ。
誰もが、タオが撃たれたと思っただろう。しかし、事実は違った。
呻き声を漏らし、地面に膝をついたのは武装集団の方だった。彼らは一様に手を抑え、痛みを堪えるようにその場に蹲っている。
辺りには銃身の半ばから破壊されたガジェット銃が転がっており、地面からは幾つもの白煙が昇っていた。

「――武器を構えた腕への狙撃。しかも数十人を同時にとは・・。いい仕事をするじゃあないか、銃使いクン!」
タオが酒場の屋根の上に視線を向けながら、嬉々と声を発した。見上げれば、其処には大型のガジェット長銃を構えた銃使いの姿があった。
彼は構えを解いてガジェット長銃を肩に担ぐと、呵々と笑いながら言った。

「――その辺の銃使いとは分けが違うぜ。このくらいは朝飯・・いや、オムレツ前さ!俺はファルガ。ファルガ・ラムドショットだ!」

 

 

◇◇◇

タオとファルガの殆ど一方的だった戦闘が終了して間もなく、街の警備を担っている帝国兵たちがやってきて、武装集団を連れて行った。

「――ははっ、あっという間だったな」
遠巻きに成り行きを見ていたトーマスと元の席に戻るや否や、彼はそう話を切り出した。

「……それにしても、見事な腕前だったな。ああ、あの筋肉男の話じゃあないぞ。あの男が腕利きなのは、随分前から知っている。俺が言ったのは、銃使いの方さ。あのデカい長銃で、あの全体射撃《エリアドロウ》……ありゃあガジェット銃の性能もさながら、腕も相当だ。・・・・こりゃあ幸先が良い」
そう言うと、トーマスは酒杯を手に立ち上がった。どうしたんだろうと彼の姿を見上げると、トーマスは視線だけで「ついて来い」と促してきた。冒険者は一瞬迷ったが、結局彼と共に席を立ち、後に続いた。

◇◇◇

「――嗚呼~ロックバードの卵で作られたオムレツ……ふわふわでありながら口の中で溶けていくような触感! 絶妙な塩加減と、添えてあるベーコンのカリカリ具合も良い!」
自前の銀匙を手に、幸せいっぱいという言葉を体現するような満面の笑みを浮かべながらオムレツを食べる銃使い、改めファルガを見て、グリコが名状し難い表情を浮かべながら言った。

「……なあタオ。こいつ、こんな奴だったっけ?」
「まあ、会って一時間も経ってない相手だから何とも言えないが……もう少し寡黙で、仕事人――って雰囲気だった、とは思う」
タオにしても、グリコの反応には同意する。先程までのクールだった印象は、一瞬にして消え去っていた。オムレツを食べる彼の姿はまるで少年のような無垢さすら感じられてしまい、タオもどう反応を示せばいいのか判らなかった。

「ふひゅひひ、それは誤解をさせてしまったようで申し訳ない。どちらかといえば、今の俺が普段通りだと思ってほしい。仕事をするとき、銃を構えるとき、そしてオムレツを食す前に限っては、神経を研ぎ澄ますようにしてるから、その場合はまあ……普段よりだいぶ口数が減るわけ」

「「……納得」」
ファルガの説明はこれ以上にないというほどのもので、タオとグリコはまさに言葉通り納得するしかなく、苦笑いを浮かべながら鷹揚に頷いた。
すると、

「なーるほどなあ。公私をしっかり分けているってわけか。いいねぇ~仕事はきっちり、私事は気の向くままに、旅路は口笛を吹いて……か。格好いいね、ガンマンってのはそうあってほしいものだぜ」
いつの間にか、トーマスが空席に座ってそんなことを言った。驚く三人に対し、男は「実は少し前から、アンタたちの話を聞いていた口でね」と訳知り顔で言う。

「なんでも、そちらの二人は妖精の薬を探して旅をしているそうだな。既に各地に点在するエルフの里を行脚したようだが……その様子を見るに、どうやら空振りしているみたいだな。で、最後の頼みとしてエルフの隠れ里を探しているが……未だ見つけられずにいるんだろう?」
「耳が良いんだな、おっさん」
グリコが皮肉を込めてそう言うと、男は「まあな」と胸を張って見せた。

「そっちのガンマン。なかなかのポーカーフェイスだけど、今エルフの隠れ里の話をした時に、目元が僅かに反応したぜ?」
「ンフフフ、おっみゅごちょ(お見事)」
口にオムレツが入ってままで喋るファルガの賛辞に、男は「観察力を鍛えなきゃぁ、冒険家なんてやってられないからな」と、酒杯を煽りながら口の端を吊り上げる。

「どうやら奇しくもこのテーブルには、妖精郷メディナヘイムを目指す連中が集まっているようだな。ははっ、なかなか良いねぇ」
「……つまり、お前は何が言いたい? そもそも、お前は誰だ?」
含みのある科白を口にする男に、タオは視線を鋭くしながらそう誰何する。
すると男は不敵な笑みを浮かべて、待っていましたと言わんばかりに口を開いた。

「自己紹介が遅れたな。俺はトーマス!冒険家トーマス・ウェルってもんだ!」
そう名乗りを上げた男――トーマスは次の瞬間、さらりととんでもないことを口にした。

「なあアンタたち――メディナヘイムへの行き方、聞きたくないか?」

◇◇◇

トーマスが話を付けたらしい。
冒険者は彼に呼ばれてテーブルの席に恐る恐る座った。
すると、座るや否や

「こいつは俺が目を掛けてる冒険者でな、こいつも別のクエストでメディナヘイムを目指してるんだ。せっかくなんでパーティを組んで欲しい」とタオたちに提案したのである。
何を言い出すんだこの人はと驚きの余り言葉を失っている間に、

「フム、クエストが2個埋まってしまうが、前途ある冒険者の為ならばしかたあるまい!安心しろ!俺はA級ハンターでもあるが、ハンター養成所で師範もしていたんだ。色々と冒険の指南をしようじゃないか!ははは、鍛え甲斐がありそうだな!」と何故かタオが乗り気になってしまい、既に何杯も酒を飲んでいたらしいグリコは

「ま、いいんじゃないの? あたしらは探し物してるわけだし、人数多い方が楽。タオ、あんたがしっかり世話するんだぞ」と何処か諦観交じりの言葉を口にしながら新たな酒杯に口をつけていた。最後の頼みとファルガを見たが、既に

「まだ、人が踏み入れたことがないといわれているエルフの隠れ里。きっと未知の作物や技術、そして上質の卵があるはず!これは旅路が楽しみだ!ふふふ」といった感じで、トーマスに懐柔された後だった。
どんな賽子を振ればこんな事態になるのだろう。
冒険者は途方に暮れた。
いや、決して嫌というわけではない。
A級に連なる冒険者たちと旅をできるのは光栄だし、タオやグリコ――彼らの実績は時に唄として耳にする程である。道中の安全を考えれば、これほど心強いことはないかと、少し前向きに考えを働かせていた時だった。

「ほれ、おまえさん。この書類にサインしな。ギルドにパーティの申請をしなきゃならないからな」
と、トーマスが言ってペンを差し出してきた。冒険者はペンを受け取り、「何処ですか?」と訪ねると、トーマスが「此処だ」と指で示したので、其処にすらすらと名前を書いた。
そして、書き終えてから――冒険者は「おや?」と首を傾げた。今書いた書類は、パーティ申請の書類だった。それは確かだ。何度か書いたことがあるから、間違うことはない。
ただ、問題は名前を書いた欄だ。いつも書いている欄とは、随分と違った場所に名前を書いたような気がする。
そう思って、冒険者はトーマスに訊ねると、彼は悪童が浮かべるような意地の悪い笑みを浮かべながら言った。

「ああ、実績を積むって意味で、お前さん――パーティリーダーな?」

――……………………時が止まったような気がした。

一体この人は何を言っているのだろうと、自分の耳を疑ってもう一度問うが、返事は同じだった。
冒険者はその言葉の意味を頭の中で反芻し、自分が「パーティのリーダー」であるということを言葉にしてみて……ようやく、脳が言葉の意味をしっかりはっきりきっかりと理解した。
――その瞬間だ。

冒 険 者 の 目 の 前 は  ま っ し ろ に な っ た 。

 

◇◇◇

 

という話があったのが、今から数日ほど前のことである。
冒険者は日記代わりの手記を読み直して、その日のことを思い出しては溜め息を吐いた。
今はあたり一面が木々に覆われた樹海に足を進めていた。
トーマスがいうには、このフロッシュベントの樹海にメディナヘイムがあるのだという。

「――メディナヘイムはいつでも足を運べる場所じゃあない。ある時期の、ある時間、定められた場所に、案内人がやってきて、そいつに連れて行ってもらうことで辿り着くことができる秘された場所だ。普段は古の魔法か何かで、その場所にたどり着けないようになっているらしい」

というのが、トーマスの弁だった。
彼がどうしてそんなことを知っているのかと訊ねれば、彼は特に隠す様子もなく「何度か行ったことがあるからだよ」と答えた。
流石は冒険家、といったところだろう。伊達や酔狂でそう名乗っているわけではないらしい。
そのトーマスはというと、森に峙つ大樹の根元にどっしりと腰を下ろし、空を見上げていた。
タオやグリコ、そしてファルガは、トーマスと同じようにトーマス曰く「ある時間」を待っていた。
いや、タオたちだけではない。
辺りを見回せば、他にも各地からこの場所の情報を手に入れたらしい冒険者たちの姿がある。
近くの冒険者に話を聞いてみると、全員がこの「エルフのお祭りの手伝い」のクエストに参加しているようだ。顔を知っている人も入れば、名前を知っている腕利きの冒険者もいる。中には少しばかり怪しい風体の連中もいたが……気のせいということにしておこうと、冒険者は自分に言い聞かせた。
そういう連中を見ると、厭でも不安な気持ちになる。フロッシュベントの樹海に入る前に物騒な噂を耳にしたし、その中にはこの里を狙って帝国が動いている――というものもあったくらいだ。
スリル溢れる冒険は大好きだけど、命の危険は遠慮したいものである。いついかなる時でも、冒険の心得は「いのちをだいじに」だ。
なんて考えていた時だ。

「おーい、そろそろだぞ」
と、立ち上がったトーマスが声を掛けてきた。冒険者は慌ててトーマスたちの元に向かった。
すると、森の奥から、ゆっくりと何かが姿を現す。
淡い燐光に包まれながら姿を現したのは、息を呑むほどの美貌の貴人――エルフだった。
たまに見かけるエルフとは少し雰囲気が違ったように見えたのは気のせいだろうか。

「あれが妖精郷メディナヘイムの案内人だ」
と、トーマスが耳打ちする。冒険者はぶんぶんと音がする程首を上下させた。
さっきまで頭の中にあった不安は、既になかった。
今更悩んだところでどうにもならないし、目的地であるエルフの隠れ里――メディナヘイムはもう目前に迫っているというのに、今更引き返すなんてことは……冒険者にはできなかった。
どんなことがあろうと、構うものかと。
この世はすべてこともなし。
なるようになれ。
そう自分に言い聞かせ、冒険者たちは案内人に連れられてメディナヘイムへと足を踏み入れるのだった。

 

 

 

第9話 それぞれの目的 完

 

 

 

執筆    Aoi shirasame

原案・編集   Esta